内部被曝を考察するブログ

2年近く前に骨折をしてから中断していた自転車通勤を再開しました。良い季節ですね。皆様がご健康でおられ、良い一週間でありますように。

オープンKirの代謝と半減期

11/1/2015執筆、12/24/2019 Yahoo Blogより移行公開

 

以前、知人から次のような誤解があるとの指摘をいただきました。

  

<<先入観に基づいた批判意見2>>「オープン固定されたKirだって、すぐに代謝されて、消えて無くなるよ。"壊れてる"んだし、きっとすぐに処理されるはず。やっぱり、たとえKirがオープン破壊されたとしても、そんな微量なKirで、有意な異常に繋がるわけがない」

 

ここで、私が強調しておきたいのは、「オープン固定されたKirは「異物」ではない」という点です。別項で論じた通り、Cs13崩壊時にオープン固定されるKirというのは、Kirが普段取りうる立体構造のうち、「オープン型」に固定されているだけだ、ということを想定しています。したがって、よその細胞(たとえば免疫細胞)などからみて、異物(異常抗原性)として認識されるわけではありません。また、細胞自身の側からみた、タンパク品質管理メカニズムからみても、あくまで、正常の立体構造のうちの一つに固定されているだけで、「ボロカスに壊れ」て、ぐじゃぐじゃになってしまっているわけではないと考えられますので、タンパク代謝機構(品質管理機構)が早急に処理に当たるということにもならないと考察しています。

 

では、次に論じておかねばならないのが、オープン固定されたKirのタンパク半減期はどのくらい長いのか?」という論点です。Kirの半減期も、ある程度のデータはあり、細胞実験では数時間から数日程度、というデータが出ていたはずです。

 

実は、ここで、最先端の医学でも、まだわかっていない、しかし、大変興味深いテーマが残されています。

 

タンパクの半減期というのは、それほど単純明快な、固定されたものではなく、ダイナミックに、半減期も、細胞の状況と必要性に応じて変化することがわかりつつあります。

 

例えば、骨格筋を運動させるときに重要な役割を果たす、アセチルコリン受容体(AChRと略す。イオンチャネルでもある)。この代謝経路や代謝スピードは近年、よく調べられているのですが、人為的な実験(培養細胞に人工的にアセチルコリン受容体を発現させる場合)と、ナチュラルな実験(動物の体の中の自然な状態)では、全く代謝のスピードが違います。

 

この手の、チャネルや受容体などの代謝スピードを考察する際には、なるべく、自然の、生体内の環境に近いツールと実験系を使わなければならない、とされる所以です。

 

さて、動物の体内でのAChRの代謝スピードを調べた、いくつかの画期的な論文があります。たとえば1990年代後半に、Jeff Lichtmanたちのグループが行った実験では、AChRの非活動時には、AChRの代謝は比較的早い(半減期:17.5時間から2.7日。条件により変わる)。また、強制的に完全ブロックするとさらに代謝が早くなる(半減期13時間)。一方、AChRが活動中には、その代謝は極めてゆっくりになり、数時間の実験中には、代謝はゼロと、完全にAChRの分解が抑えられることが分かりました。

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図:半減期がダイナミックに変化するタンパクの例として、アセチルコリン受容体の、生体内、神経筋接合部での、実際の実験データを基にした概念図を示しています。赤色の濃い神経筋接合部(プレッツェルのような形)が、スタート時のアセチルコリン受容体が多い状態。時間とともに、代謝され、色が薄く(スタート時のものが減少して行っている)なっていく様がわかります。一方、筋肉を活動させ続けると、この代謝が完全に阻害されます。

 

考えてみれば、生体分子の代謝というのは、実に理にかなった方法で制御されているという良い一例かと思います。必要なければ、どんどん処理して減らしていく(ちょっと前に流行った、「断捨離」というやつですね)。一方、必要があるものはキープする

 

面白い関係ですよね。つまり、イオンチャネル関係や神経伝達物質受容体に限って言えば、使っていればいるほど、活動度型かかれば高いほど、半減期が圧倒的に長くなるのです。

 

これは、サッカーの試合にたとえてみると、わかりやすいかもしれません。

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図:サッカー選手の交代のシーン。選手の交代は、サッカーの試合の中で、重要な戦略です。しかし、変えようと予定していた選手が、連続ゴールを決め、活躍し続けてしまうと、監督の気持ちがぐらつき、その選手を、引っ込めるのをやめてしまう関係に似ていますね。(図の引用:IllustAC, acworksさんより)

イオンチャネルもこれと同じで、さあ、もう選手を引っ込めよう、もう引っ込めようと監督が思っていても、そのチャネルが活躍し続けると、引っ込めるタイミングを逸してしまうのです。細胞にも、選手交代を告げる監督のような役者がいて、品質管理を行っています。ユビキチン・チンリガーゼという酵素を介した、選択的オートファジーという機構などが、その役割を担っていることが分かっています。そのステップのために、ここで大事なのは、不要のAChRに、「不要」というタグを貼るステップ。ユビキチン修飾、と言います。

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図:廃品回収で、不要タグを貼っておくと、回収車で持って行ってくれる、という関係性にも似ていますね。(引用:無料素材「ワンばく」より)

 

では、この、ユビキチン修飾。どういったメカニズムで、AChRのどの部位でおこっているのでしょうか?

AChRのユビキチン修飾部位は、現在進行形で研究されつつある分野で、特に、AChR-α1(数あるAChRの中で、前述の神経筋接合部に重要なタイプ)に関しては、私の知る限り、まだ確固としたデータの出ていない分野です。ここでは、出来うる範囲での、現在言えることからの考察を書いてみたいと思います。

 

ユビキチン修飾部位の推測は、ある程度のルールに従って行われます。まず、ユビキチン修飾は必ず、リシン(K)というアミノ酸残基の部分で起こること。そして、その前後の配列にも、ある程度のルールがあるのですが、AChR-α1の場合、77K, 413K, 418KなどのK残基が候補に上がってきます。特に、後2者は、TM3とTM4の間の細胞内部位、AChRの活性化に伴い、分子内に埋もれていくと予測される部分にあります。もちろん、これらは全て、予測という段階でしかありませんが、もしも、AChRの、活性型、非活性型のタンパク代謝のスピードが、著名に異なる理由が、ユビキチン修飾の際の、K残基へのアクセスしやすさ、という面で語ることができるなら、神経伝達物質受容体(およびチャネル)の、3次元構造の変化そのものが、その分子の代謝のスピードに大きな影響を与えている、という有力な考え方となるのではないかと思います。

 

その他の神経伝達物質受容体、NMDRなども、活性・非活性により、代謝が大きく変わることが解明されつつあり、チャネル分子や神経伝達物質受容体においては、どうやら、その活動度が、代謝のスピードを大きく変えている、というのが、一つの法則なのだと考察できます。

 

では、Kirで、この、タグの修飾部位がわかっているのかどうなのか?じつは残念ながら、ある程度の候補まではわかっているのですが、最終的な決定はまだされていません。そこで再び、ユビキチン修飾部位の予測を、コンピューター解析で行いますと、64K, 284Kが有力な候補としてあげられます。この内前者は、IF helixからouter helixに至るあたり。ここは、細胞膜のPIP2結合部位の直近であり、まさに、Kir2.1の開閉で、構造も、accessibilityも大きく変わる箇所です。Kirもやはり、open 形状、closed形状の状態により、代謝が大きく異なってくる、というメカニズムの蓋然性を裏付ける知見だと考えています。

 

当理論では、Kir2.1が、Cs137崩壊時に、openの形に固定される、というのが、理論の根幹です。ここで議論したように、open化に伴い、ユビキチン修飾部位のaccessibilityが阻害されれば、代謝は阻害されることになり、dominant positiveなKir2.1が組織内に蓄積し、症状の顕在化へと繋がっていくことが考えられます。

 

 

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