内部被曝を考察するブログ

2年近く前に骨折をしてから中断していた自転車通勤を再開しました。良い季節ですね。皆様がご健康でおられ、良い一週間でありますように。

最新の医学研究でもわかっていないパラメータ

11/19/2015執筆、12/27/2019公開

 

当理論は、なるべく、できる範囲でのパラメータに関しては、定量的考察をし、パラメータのまだ存在しない分野に関しては、それでも出来うる限りの考察の方向性を書くという方針で議論を進めてきています。当理論の根幹は、微量の内部被曝による放射性セシウムが崩壊時に、心筋細胞などのカリウムチャネルの一つ、Kir(内向き整流カリウムチャネル)に嵌頓した状態で崩壊すれば、このイオンチャネルを、オープンの状態に壊す(オープンの状態に固定する)ことが予想される、という事を議論しています。

おそらく、当理論を受け入れがたいという方の中には、次のような批判的感覚を持っておられる方も多いのではないでしょうか。

 

<<批判意見1>>セシウムがいくら心臓に蓄積したからといって、セシウムが全部、しかも永久にKirチャネルに嵌まり続けるわけではない。大部分は、おそらく細胞質中にあるはずで、50Bq/kgなんて、こんなにわずかなセシウムが、心臓の症状が出るくらい優位なカリウムチャネルを壊すわけがない」

 

これは少々難題ですが、概算として見積もりを論じていきます。この項の議論では、果たして、体重あたり50kg/Bqという「微量の」Cs137が、心臓の機能に影響を与えるほどの量なのかどうかを、議論していきます。

 

まず、第一に、多くの方が見落とされてきているデータとして、体重総量あたり、50Bq/kgというのは、決して、心臓でも50Bq/kgなのではない、という点です。

 

この辺りもBandazhevskyの立派な科学的貢献の一つなのですが、(なぜか理由は、今のところ誰にもわからないのですが)体重総量50Bq/kgという内部被曝量は、心臓では500Bq/kg以上の内部被曝になってしまうのです。つまり、臓器別に、Cs137を溜め込みやすい臓器がある、ということ。Bandazevskyは、これを、ヒトの剖検でもデータを取っていますし、また、実験動物でもデータを出していますので、再現性の高い知見だと考え、私はこのデータを受け入れています。

 

まず、第1のまとめ。

 

体重総量で50 Bq/kgは、心臓では500 Bq/kg以上の内部被曝であり、10倍ほど、心臓に濃縮されている。

 

さてこの、10倍濃縮。そして臓器ごとに分布が異なる、という事柄。この不思議な、Csの臓器別分布、臓器別濃縮に関して、なぜそんな不思議な事が起こるのか、うまく説明をされておられる方を、寡聞にて存じません。

 

ですが、この謎の答えに迫るためのヒントはいくつかあると考えています。まずは、正確に概算をしなおしてみます。体重の何割かは、細胞外液(血漿成分、組織間液、分泌液)で成り立っています。(そして、細胞外液中にはCsイオンは少ない事がわかっています(細胞内外比=40:1))それをざっと体重から差し引いて、見積もりをし直します。循環血漿量は、だいたい、体重の20分の1、体重60kgの成人で約3Lです。そして、この血漿も含め、細胞外の体液量は、体重の約20%です。これに、骨(骨髄などの細胞成分を除くミネラル部分)や結合織など、あとは食物や老廃物などを加えたものを、体重から差し引いたものが、実質組織重量(細胞成分総量)となります。体重の6-7割程度でしょうか。すると、体重あたり50Bq/kgという数字は、実質組織重量に換算すると、70-80Bq/kgということです。したがって、以上を換算してみても、それでも、心臓では6-7倍の、他組織より過剰の蓄積が行われている、とみなすことができます。

 

話はそれましたが、本題に戻り、一体、この、心臓でのCsの蓄積は何を意味しているのでしょうか? 

 

ちなみに、Csイオンの挙動は、一般的には、「細胞の中に入る方のkineticsは、Kイオンと遜色なく、ポンプと言われる分子などにより、スムーズに入る」とされています。

一方、よく耳にする言説として、「にもかかわらず、細胞外に出て行くスピードは遅い」ので、「Kに比べて体内に溜まりやすい」云々、という説明を、事故後、方々で見かけたような気がしています。

 

しかし、もしもこの説が正しいのであれば、細胞内外のCsイオンの分布は、Kイオン(内外比=40:1)とは幾分か異なり、もっと細胞内に高濃縮されているはずです。しかしながら、複数のデータで、いずれのデータも、Csイオンの細胞内外比は、Kイオンと変わらず、40:1というデータばかりなので、この、「Csイオンは細胞外に出て行きにくい」という部分は、注意深く吟味しなければならないのではないかと考えています。

 

では、いったい、Kイオンと全く同じく、細胞内外比40:1の分布を示すCsが、どんなカラクリで、臓器別に、高濃縮されたりすると言うのでしょうか?不思議ですね。そもそも、どんな臓器であれ、どんな細胞であれ、調べられた範囲においては、Kの細胞内外比はすべて40:1です。もしも、Csの存在箇所が、Kと同じく、細胞内・細胞外の2つの分画のみで全てを尽くしているのであれば、どう考えても、臓器別で6-7倍の濃縮という現象は起こりえません。

 

臓器ごとにCs137の蓄積量が異なる、ということは、当然、この細胞内外存在比の40:1という数字以外に、カウントに入っていない、見落とされている分画があるわけです。(あるいは、細胞ボリュームと、細胞 間質液量の比が、臓器ごとに大きく異なる、など)。

 

たとえば、先ほど触れた、血漿成分や、組織間液のボリュームの問題。しかし、Bandazhevskyがデータを取るときに、心臓からはある程度脱血をして組織分析をしているはずですし、心臓が他の臓器よりも組織間液が格段に多いなどということはあり得ません。何か、他に見落としている分画があるのでしょうか?

 

私見になりますが、別項でも論じているように、Csイオンの場合、(i)細胞内、(ii)細胞外、という分布の他に、(iii)Kir結合、という第3のstateを加えた、3つの群の間で、平衡状態をなしているために、(細胞内外比がKと同じ40:1であるにもかかわらず)kineticsも、組織分布も異なる可能性、ということを考えています。(一方、Kイオンは、細胞内・細胞外という2つの分画間のみの平衡状態を考えればよく、すべての臓器でK含有量は同じになります)。そしてCsの臓器別分布に関しては、Cs結合性のKir(たとえばKir2.1など)の発現が多ければ多いほど、その臓器には、Csが多く分布する、と。(特にBandazhevskyが議論するところの、ごく微量のCs内部被曝問題のように、Csイオン濃度がKir2.1存在量に比べても、極めて低い場合には、おそらく、(iii)の分画が、組織別蓄積量の差に、大きく効いてくるのでしょう)

 

 

ここから、3通りの、異なる計算方法で、ある任意の時点で、心筋のKir2.1に結合しているCs137の量を概算してみます。ただし、体重あたり50Bq/kg、すなわち、心臓重量あたり500Bq/kgという内部被曝量を想定しています。

 

<<計算1>>

Csイオンの場合、(i)細胞内、(ii)細胞外、(iii)Kir結合、3つの群の間で、平衡状態をなしているということ、そして心臓にはCs結合性のKir2.1が大量に発現しているというが、体重総量あたりの50Bq/kgと、心臓内部被曝量の500Bq/kgの違いを生んでいる原因だと判断し、500-80 = 420 Bqが、Kir結合分、と見積もると考える。

したがって、この見積もりの場合、心臓では420Bq/kgものCs137が任意時間にKir2.1などに結合しているとみなすことができる。つまり、1秒間に心臓では、420個/kgのopen固定Kirが発生していることになる。

オープン固定Kirの半減期は格段に長いであろうという考察は、別項に述べた通り。

仮に、open Kirの半減期が数日から1週間弱程度とすると、平衡時には、

420 x 6 x 24 x 60 x 60 x 1.443 = 3.1 x 10e8個/kgという個数になる。

心臓の細胞数は4.3 x 10e10/kg x 0.3kg = 1.3x10e10個だから、

約40個に1個の細胞が、open固定Kirを持つことになる。

心臓の心筋細胞索(注:直列につながっている細胞の束)は、全長で2cm(心室の厚み)ほどとすると、心筋細胞の長径は100umだから、1列に200個の細胞がある(斜めに索がそうこうしているであろうことを考えると、実際にはもっと多い数となるであろう)。

つまり、この場合、1列の中に、2.5 個以上の遅延細胞を生じていることになり、かなりの遅延細胞量と見積もることができる。(仮にオープン固定Kirの半減期をもっと少なめに見積もって数日以下と考えても、1心筋細胞索に最低でも1個の遅延細胞の存在を見込む計算となる。逆に、別項に論じた半減期の長期化を強調し2ヶ月程度と見ることができるなら、約4個に1個の遅延細胞となり1列に25個以上もの遅延細胞の数となる)よって、心電図異常に至るに足る内部被曝量であると考察できる。

 

(注:心筋の直列接続)当理論の最初の時点からの着眼点の一つとして、心臓というのは直列のシステムである、という点です。ここが従来の放射線医学が見落としていた最大の盲点の一つです。従来の放射線理論、放射線医学は、すべての考察を臓器の被曝総量、または平均値でしかとらえておらず、並列システムの考え方に依っています。ですが、細胞のシグナル遅延、システムとしてのタイミングの遅延という点を考察する当理論の考え方で、初めて、直列接続により、ごく微量での細胞異常でシステムに障害が起こるという定量的議論への道が開かれることになりました(第2の注:細胞のタイミングが遅れるだけで、細胞死を論じているわけではないことを忘れないでください)。心臓の心筋細胞は、心室壁の厚み約2cm内外の中に、直列伝道のシステムを作っていて、心筋細胞索と呼ばれます。直列接続を扱った記事1記事2をご参照ください。

 

 

<<計算2>>

心臓500Bq/kgのCsを、仮に、上記の(i), (ii), (iii)の3つの平衡状態という概念を無視して、すべて、細胞内外の分布と仮定して計算してみる((iii)の状態がないというのはありえないのですが、理論に不利な計算として、やってみます)。この場合、細胞内外比は40:1なので、細胞外液中のCs137の濃度は、約12Bq/kgである。Picones, A.らのpatch clampの論文(2001, Byophys, J.)によると、

Kb[Cs+]/Ku=0.419 (ただし、細胞外液中[Cs+]=10uMの時)

したがって、CsイオンとKir2.1チャネルの結合定数は Kb/Ku = 4.19 x 10e4 [M-1]

今、細胞外液中のCs濃度は、極めて少ない。コールドのCsイオンの存在を含めても(Canteno, et al)、1.13pMと極わずか。

とすると、ほとんどの、細胞外液中の、近傍のCsは、Kir2.1に結合していると想定し、試算を試みる。

この場合、open固定Kir半減期を2ヶ月と仮定すると、約500個に1個の心筋細胞が、遅延していることになる。

つまり、2.5本の心筋細胞索のうち1本が遅延している計算となる。

ただ、やはり後になって考えてみると、(2)の計算方法は、計算し始めの方向性で、細胞内外のCs分布比のことのみを想定し、Kir結合の分布を想定しない、という前提は、やはりあまりにも無理があると考えられます(そのような分布が正しければ、やはり最初に述べたように、組織ごとのCs分布の大きな違いというのは生じ得ないわけですから)。おそらくですが、(2)はかなり過小評価になっていて、(1)の方向性での計算が、一番、方向性としては正しいのではないかと考えています。

 

<<計算3>>

心臓の、脱分極、再分極のサイクルでの、イオン電流の大雑把な見積もりから試算してみる。(正確なデータを仕入れておけばよかったのですが、以後、少し数値の推定値を使用します)

Naの平衡電位が、脱分極時に40mV-50mVを目指すとすると、Naiも、静止時20mM-30mMくらいまでは、上がるのだと想定。

すると、おそらく、再分極に際して、ほぼ、同じ程度のKも移動させることになるはず。濃度で、ネット20-30mM分をfluxとして細胞外に出す。この細胞外に搬出したKは、あとでゆっくりと、Na/K/ATPaseや、Kirで汲み入れる。仮に、Kirが、約3分の1から半分を担っていると仮定してみると、

10mM-15mM変動させる分のKを、細胞内に汲みいれる。

仮に、10mM変動分をKirが通すとする。即ち、Kイオンのうち、14分の1が1サイクルに、Kirを通過するとする。

KとCsの挙動が類似していると仮定して試算すると、ホットのCsも、14分の1が1サイクル(=1秒)に通過するとすると、1個細胞あたり、1/14 x10e-8 Bq分が通過。いずれのCsイオンも、必ず、一定時間嵌頓し、外れる。Csイオンが多ければ、この限りではないが、コールドのCsも含めても、Csの存在比は小さいので、この仮定で概算を続ける。平均して、任意の時間にCsイオンが嵌頓している確率は、patch clampのKir2.1の電流プロファイルを見ると、phase4で30%くらい。1サイクルのうち、phase4は、約半分しめるとすると、全体の中では15% (=7分の1)の確率。

したがって、1個あたりの細胞で、1/14 x 1/7 x 10e-8Bq、心臓全体では、任意の時間に嵌頓しながら崩壊しているCsの個数は、1秒(1サイクル)あたりに、1/14 x 1/7 x 500 (Bq)/kg

つまり、1秒あたりに、生成されるopen固定Kirチャネルは、500/(14x7) 個/kg

心臓重量を0.3kgとすれば、500/(14x7x3) = 1.7個/sec (大人の心臓あたり) という、オープン固定率。

open固定Kirの半減期を2ヶ月と仮定すると、平衡時に存在するオープン固定Kir個数は、1.7 x 2 x 30 x 24 x 60 x 60 x 1.443 = 1.2 x 10e7 個(心臓あたり)

という、存在量。心臓の細胞個数は、4.3 x 10e10/kg x 0.3kg = 1.3x10e10個だから、

約1000個に1個の割合で、オープン固定Kirが存在する。

5本の心筋細胞索に1本が遅延していることになる。           

 

 

以上、前提事項をいくつか置いた上での概算ですが、(2)と(3)は、少し、理論にあえて不利な仮定を置いて、厳しめの試算を行いました。それでも、桁としては、影響が出るであろうと見なせる桁からはそれほど大きく外れている桁と言うわけではないと感じます。

 

(備考)後付けになって、(3)の計算方法を自己批判してみますと、CsがKir2.1を通過する際の、嵌頓確率は、おそらく正しくありません。かなり過小評価になっているはずです。あのデータは、細胞外液中のCsイオン濃度10uMのもと、パッチクランプで単一チャネルのコンダクタンスを測定したデータから、Csブロック時間、電流通過時間の分布の割合から導いたものですが、そもそも、(a) 任意の単一チャネルにおける、Cs結合時間の割合と、(b)任意の単一Csイオンが、Kir2.1チャネルに嵌頓している割合、は、似て非なる、全く別のパラメータです。たとえ話を出しますと、(i) クラスの中の、任意のある女子が、男子とお付き合いをしている期間(の割合)と、(ii) クラスの中の、任意のある男子が、1年間のうち、女子とお付き合いをしている期間(の割合)、は、全く別ということがわかっていただけるでしょうか?チャネルを女子、Csイオンを男子、とおけば、(a)は(i)に相当し、(b)は(ii)に相当します。論文で得られるパラメータは(a)や(i)の方で、欲しいパラメータは(b)や(ii)の方です。

さて、論文では、細胞外液中のCsイオン濃度は10uMと、比較的Csイオンが多い状態での実験でした。(女子に比べて、それほど男子は稀ではない、という状況)。しかし、実際のCsイオン濃度は、コールドも含め、1.13pMというデータがあります(Canteoら)。これは、全Kir2.1に対しても、砂防外液の分画ではCsが1個あるかないか、という量に相当します。例えば、1000人のクラスに女子ばかり。男子は一人いるかどうか。その状況で、(i)と(ii)のたとえ話を思い出してください。(i)の割合と、(ii)の割合が、桁違いに異なってくるだろう、ということは感覚としてわかっていただけますでしょうか?ちなみに、CsイオンとKir2.1の結合力は強い、つまり、男子と女子は、大変、付き合いたがる、というのが前提です。

 

 

 

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