内部被曝を考察するブログ

2年近く前に骨折をしてから中断していた自転車通勤を再開しました。良い季節ですね。皆様がご健康でおられ、良い一週間でありますように。

phase3のこと、Kirのパラドックスとnegative slopeの関係、IKr, IKs, IK1の関係、遺伝子操作実験や薬理学的実験と恒常的オープンKirの本質的違いと整合性

11/19/2015執筆、12/27/2019公開

 

当理論は、微量の放射性セシウム内部被曝で、心筋症が起こるとするBandazhevskyのデータは、十分にあり得るだろうという定量的見積もりを試みていますが、その際、Cs崩壊時に、心臓のカリウムチャネルの一種であるKir2.1(またはKir2.2など)が、オープンの形に固定され、それは、内向き整流機能をもち、心臓の脱分極・再分極のサイクルの中の、ある相で、細胞外から細胞内にKイオンを流してしまい、不都合が生じる、という理論です。このブログの理論を受け入れにくいと感じるかたは、専門家の中にも多いことと思います。もしかしたら、たとえば次のような意見もあるのではないでしょうか

 

(先入観からの批判意見):「Kirが内向きだとは言うが、実際の心筋細胞では外向きにも働いている。オープンに壊れたKirが内向きにのみ働くというのは、都合が良すぎる解釈だ。」

 

確かに、Kirチャネルは、「内向き整流」チャネルとは呼ばれるものの、Kirチャネルの外向き電流も、心筋再分極第3相後半などでは、生理学的に重要な意味を持つ、というのが正しい知見です。しかし、当理論の結論を書いておくと、これらの批判を踏まえた上で、「いえ、やはり、Cs137崩壊時にできるopen固定Kirの影響としては、内向き整流機能をもつ群の考察のみで良い」と考えられます。

 

この議論に入るために、いくつか、Kirの基本事項を解説しておかねければなりません。

まずは、Kirの特性と、わかっていること、わかっていないことについて、整理してみましょう。

 

 

 

実は、Kirは、「内向き整流」チャネルとは言っても、図のように、膜電位が高めの時には、外向き方向に電流を流すことがわかっています。

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図:Kirイオンチャネルの、電位・電流プロファイル(I-Vカーブ)。横軸が細胞膜電位、縦軸が電流。実際のデータをトレースして作成した。分離したラットの心筋細胞をパッチ・クランプという電気生理学の手法にて測定。ただし、人為的な条件下での記録であることに留意。

 

内向き電流を流すのは、電気生理学の実験条件の中では、膜電位が完全に分極した時および過分極の時のみ(心筋第4相にあたる)、なのです。そして、批判意見に書いた通り、特に心筋の第3相では、実際に外向きK電流をKirが流し、心筋の再分極のコントロールに貢献しています。

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私も学生時代に始まり、様々な場で、心室心筋のK電流の模式図を目にしてきました。よくある書き方は、上の図の中段に挙げた教科書的説明の通りで、「IK1」という呼び方をする限りにおいては間違いとは言えないのですが、Kirの実際の挙動の総合的な理解となると、多かれ少なかれ、いろいろな図で説明の不整合が見受けられます。おそらく現在もっとも整合性のある説明図は、Kirの内向き電流のことを意識して書いている、上記の下段の模式図だと思われます(Nature Reviewなどの図を参考に、一部改変)。実際のKirの外向きコンフォメーションと内向きコンフォメーションは、分布が電位依存性(または微小環境依存性)に確率的に決まると考えられますので、Kir総体としての挙動は、古典的図と、新しい図の重ね合わせが正解だと思います。(なんだか、状態の存在が確率的とか、重ね合わせとか言うと、量子力学みたいですね!ただし、量子力学と根本的に異なるのは、量子力学の場合、ある量子の挙動が、確率的にしか決まらない、というのに対して、Kirの場合には、あるKir2.1が、ガッツリ開き型に確定すれば、しばらくずっと、そのフォーム(での開閉)に確定する。しょぼ開き型に確定すれば、しばらくずっと、しょぼ開き型(の開閉)、という具合に、一つ一つのKirチャネルは、確定的にタイプが決まる、という点です)。

 

ということで、Kirは、実は、「内向き整流」とは称されるものの、実際の心室心筋での生理的条件においては、内向きと外向きの、異なった2つの役割を果たしていることが分かっています。

 

ひとつ、後々、大変重要になってくるポイントで、このグラフで注目しておいていただきたいポイントがあります。phase1,2から、phase3初期にかけては、Kirによる電流は、完全にゼロ、となっています。これは、心筋が正常な脱分極・再分極のプロファイルを描くために、必須の要求事項で、Kirは、絶対にこの間に閉じておかなければならないのです(昔の方たちは、この間、Kirの開閉ではなく、Mgイオンなどの整流物質が、「栓」をすることで十分なのだと考えました。この古い考えに対する反駁は、別項で論じています。

さて、話を元に戻しましょう。Kirが、内向きにも、外向きにもKイオンを通す??話が少々複雑になってきましたね。そこで、Kirというチャネルの、「整流機能」というものに関し、少したとえ話も交えながら、詳しく解説をしてみたいと思います。

 

<<Kirチャネルの「整流機能」について>>

私は昔から、このKirの機能を説明する例えとしては、ラムネの瓶を想像すると、ちょうど良いのではないかと思っています。ボトルの内側が、ちょうど、細胞内腔。一気にボトルを逆さまにしてみてください。一気に下向きにすることで、ビー玉が完全に吸い口に嵌まり込み、ラムネはこぼれません。ビー玉の栓が邪魔になって、ラムネを飲むこともできません。ラムネの瓶を見たことのない世代の人は、みんな最初に、この間違いをやってしまいそうです(笑)。なんだよ、このボトル、ジュースが飲めねーじゃねえか!と、怒ってみたりして。でも、そんな、たとえビー玉が栓をしている時でも、ボトルに水を追加注入してやることはできますよね。ビー玉の栓は、可動性があって、一方向弁として働いているからです。これが、ラムネのビー玉による、内向き整流機能(内向きには流すことはできるけれど、外向きの流れには栓ををしてしまう)。

 

今度は、ラムネの瓶を、ゆっくりと斜めに傾けて、ビー玉を、ビー玉受けに引っ掛けてみてください。ラムネを飲むときは、皆さんそうされますよね?なぜラムネが飲めるか、というと、ラムネのビー玉が、出口にアクセスできなくて、栓をすることができないからです。つまり、整流機能が働けないので、外向きに液体が流れ得るわけです。

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図:ラムネの瓶を逆さまにした時と、ななめにしたときの比較図。それぞれのモードで、液体の流れの向きを矢印で示している。 (注:実際の整流機能はMg2+のほか、spermine, spermidineなどの細胞内ポリアミンという陽イオン様物質による、同様の栓効果も重要ですが、簡易模式図を目的としたため、単純化しています。)(人物像、ラムネの瓶ともに、他サイトからの借用を複製改変しました。扇風機は「いらすとや」様より)

 

Kirチャネルは、まさに、ラムネの瓶構造をしています。マグネシウムイオンやスペルミンと言われるペプチドが、ビー玉の役割。つまり、チャネル内部にはまり込んで、ストップ弁のように、逆向きの流れを防止してくれるからです。Kirチャネルが、ガツンと開いてくれれば、ビー玉がアクセスできて、流出防止栓をすることが出来、整流機能が働く。Kirの開きがしょぼいと、ビー玉は栓の場所にアクセスできず、弁は働かず、流出が起こる、と理解できます。

 

<<内向き整流カリウムチャネルKirの内向き電流について>>

さて、Kirの内向き整流機能。なんで、こんな面倒くさい制御をやっているのでしょうね?ひとつ分かっているKirの機能は、静止膜電位の維持という機能。心筋の脱分極、再分極の0-4相の図で言えば、第4相の静止膜電位のこと。正常の心筋細胞のKir2.1チャネルは、ここの電位を、深く保つのに役立っています。

Kirを阻害してしまうと、心筋細胞の静止膜電位が、かなりプラスの方に振れてしまいます(浅くなってしまう、という表現を使います)。静止膜電位は、細胞を「静止」させておくのに重要で、深ければ深いほど、細胞は安全に「静止」してくれますから、Kirによって、深い静止膜電位を保つことは、心筋の機能上、大変重要です。ここで、Kirが、内向き整流機能を持つことが、大きく効いてきます。Kirは、この時主に、内向き整流機能を発揮し、そして内向きにK電流を流すとき(タイプ)は、非常に大きなコンダクタンスを持ちます(電圧に対して大きな電流を流すことができる)。

 

さて、ここまでは、ラムネの瓶のたとえ話を考えていただければ、比較的簡単な話ですね。

 

話がここから、少しややこしくなるのですが、実は、Kirには、この、整流機能を持つポピュレーション以外にも、整流機能を持たないポピュレーションがあり、大きく2つに分かれます。不思議ですね。Kirの分子自体は、全く同じ、何一つ寸分違わぬ分子が、です。そればかりではなく(整流機能の有無という2つの分類だけでなく)、電気生理学的に、「ガッツリ開き型の高コンダクタンス(電流をたくさん流す)・モード」と、「しょぼ開き型の低コンダクタンス(電流を少ししか流さない)・モード」の2つの形状を取ることも分かっています。

 

ラムネの瓶を思い出してください。一気にガッツリと傾けた時には、ビー玉が栓をし、整流機能が働き、外向きには流れない。傾け方がしょぼく、斜めで中途半端な時は、ビー玉は栓としての部分にアクセスできず、整流器のは働かず、ラムネは外向きに流れ出る。

ちょっと余談的ですが、これらの2つのモードは(整流機能ありvsなしの分類にしても、高コンダクタンス・低コンダクタンスの分類にしても)、1つのKirチャネルに注目すれば、どっちかのモードで働くときは、ある程度固定されて、そっちのモードで(ガツンと開いていれば、ガツンと開いたまま、ショボければショボいまま)働き続けるようです。おそらくは、そのチャネルの置かれている微小環境により、この2つのモードの分布が、確定的に決まっているのでしょう。

 

重要なことに、構造化学的にも、2000代初頭に明らかにされた、Kirの構造解析実験からは、Kirが、この、ガッツリ開き型(PIP2結合型)と、しょぼ開き型(PPA結合型)の2つのフォームを取ることがわかっています。考えてみていただきたいのですが、ラムネの瓶と同じように、Kirも、整流機能としてMgなどが「栓」をするためには、整流機能部にMgイオンがアクセスしなければなず(172Dという場所です)、Mgイオンは、Kイオンに比べてかなり大きいので、チャネルがガッツリと開かないと、ストップ弁として然るべき場所に嵌り込めず、整流機能を発揮できない、というイメージは、わかっていただけるかと思います。

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図:Kイオンは、容易に水和水を「脱ぐ」ことが出来、Kチャネルを通過する時には、水和水なしのイオン半径(1.3オングストローム)が重要になるが、Mgイオンは、水和水を纏いたがるので、Kirの整流機能部に栓をする際にも、水和半径(4.2オングストローム)が重要になる。逆に言うと、Mgイオンが整流機能部にアクセスできるためには、Kirチャネルが、ガッツリと開かなければならない。

 

以上、Kirの2つのフォームに関してまとめます。Kirは、ガッツリ開き高コンダクタンス型と、しょぼ開き低コンダクタンス型の2つのポピュレーションに別れる。そして、それはおそらく(構造解析上のデータと照合すると)、細胞膜のPIP2に結合するのか、それ以外のリン脂質に結合するのかで(つまりチャネルの置かれる微小環境で)、グループ分けがされているはずである。ガッツリ開けば、栓物質(Mgやスペルミン)は、アクセスが容易で、整流機能を持ち、しょぼい開き方の時には、整流機能を持ち得ない、と理解される。(注:2015年の時点では、(i) 整流機能の有無、(ii)コンダクタンスの高低、(iii) PIP2結合vsPPA結合、という3つの議論間をつなぎ合わせる、確定的な実験はされていなかったはずですが、構造化学上、おそらくこの理解(ガッツリ開き=整流機能アリの高コンダクタンス型、一方、しょぼ開き=整流機能なしの低コンダクタンス型)で間違いないと考えられますので、当理論では、Kirの2つのconformationの間の関係性を、この理解の前提の上、進めていくことにします)。

  

さて、以上の、Kirの構造と機能に関する前提をご理解いただいた上で、当理論で扱う、「open固定されたKirチャネル」について。どんな性質が予想されるか、について。

 

別項で論じている通り、Cs137崩壊時には、Kir2.1などのチャネル内部のCs/Baの嵌頓部で、Cs/Baイオンを錯体中心とした、触媒化学反応が、165Serと169Cysの-OH基、-SH基の間で起こり、macrocylizationという、分子内脱水結合がおこると予想できます。すると、そのα-helix部は、折れ曲がりヒンジのGlyの部分で、上方に折れ曲がり、上から見て反時計回りに回転します。これは、Kir2.1が、ガッツリと開く時の3次元構造変化と全く同じで、従って、Cs崩壊時に起こるKir2.1の変化としては、Kir2.1も、ガッツリ開き、高コンダクタンス、整流機能アリ、の構造に固定されると想定できます。

 

そして、これもまた別項で述べているように再分極早期には、Kir2.1と行動を共にするNav1.5の機能のために、open固定されたKir2.1は、内向きにK電流を流すことになると想定できます。

 (蛇足になりますが、最初の図に出した、上記の電流ー電圧カーブ[I-V curve]は、人為的な条件で測定し、Nav1.5の働きがなくなるよう、細胞内外compartmentでのNaの濃度差をゼロにして測定していることに留意。)

 

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さて、ここまで、Kirの基本構造、整流機能の説明、そして、Cs137崩壊時のopen固定Kirの性質に関して議論しました。それを踏まえた上で、次の議論に進みたいと思います。専門家の中には、次のような懐疑的な見方をされるかたもおられるのではないでしょうか?この批判意見に対して、議論しておきたいと思います。

 

(先入観からの批判意見)「Kirをノックアウトしてやったマウスとか、Andersen症候群(Kirの遺伝子異常からQT延長になる遺伝性不整脈の病気)では、Kir機能阻害でQT延長。逆に、Kirの機能をマウスで強化してやれば、QT短縮になる。このブログの理論と全く逆じゃないか。ブログの理論は間違っているか、Kirチャネルの特性の基本的なことを勘違いしているのだろう」

 

Kirを遺伝子操作や、薬理学的操作で阻害してやると、実はQT延長になることが多いのですが、そのメカニズムは、内向きK電流ではなく、この、外向きK電流IK1が阻害されるために、再分極第3相が延長するためなのです(ブログの本文の理論と逆向きです)。複雑なので、こんがらがってきた方もおられるかもしれません。 でも、きちんとKirの特性を理解すれば、すべて整合性のつく話に落ち着きますので、解説を進めていきたいと思います。

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(注)実際には、IK1やIKrは完全にphase2に無関係というわけではなく、また、IKsもphase3に若干寄与しますが、簡便に模式図を理解していただくために、phase2からIK1, IKrを、phase3からIKsを削除しています。

 

正常のKir2.1の機能は、前述の、第4相の静止膜電位の維持のほか、図に示した通り、第3相におけるIK1に関与しています。これは、整流機能を持たない、低コンダクタンス型のKir2.1チャネル(しょぼ開き型)による働きで、ガッツリ開き型の整流機能アリのKir2.1ではないことに注意してください。整流機能ありのタイプはこの間、全く機能しないとされています(栓のため)。

 

薬理学的にKir2.1を阻害したり、Kir2.1をノックアウトしたり、Kir2.1の機能障害に至る遺伝子変異(LQT7)を持つ場合にQTが延長するのは、この、しょぼ開き型(整流機能を持たないフォームの)Kir2.1の、第3相の外向きK電流(IK1)が阻害されるために起こります(図表の3番目のカラム)。逆に、Kir2.1の機能強化をしたり、高発現を促したりすると、しょぼ開き型のためにIK1が増強し、QTは短縮します(図表の4番目のカラム)。(5番目と6番目のカラムは、あくまで参考事項としてLQT1,LQT2を並べただけで、Kir2.1の議論とは無関係です)。繰り返しますが、いくらKir2.1を阻害しようが、逆に強化しようが、正常の心筋では、phase1-3初期の間は、ガッツリ開き型(整流機能アリのフォーム)のKir2.1は、完全に閉じていて機能しないと想定される(Nav1.5との共挙動のため)ので、病態に関与してきません。また、たとえ第3相後半に(Nav1.5が完全にoffになりNaイオンとKイオンの共挙動の条件が無くなった後でも)、Kir2.1が生理的にオープンになった後でも、この時期は、正常のKir2.1の整流機能アリのフォームは、整流物質(Mgイオン、スペルミン)による栓のため、Kイオンを流しませんから、同じ議論になります。

 

ところが一方、当理論で想定しているのは、ガッツリ開き型の、整流機能を持つタイプのKir2.1が、常に開きっぱなしになる状態。この場合、Nav1.5との共挙動を考慮すると、第1相、第2相(乃至第3相初期)が、主な障害の時期となり、そして、当理論で議論しているように、ここでの内向きK電流のことを議論していかなければなりません。図の左から2番目のカラムに図示しているように、この場合、open固定Kirチャネルは、高コンダクタンス型として、Iksの阻害の方向に働くことが想定できます。

 

 

 

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