内部被曝を考察するブログ

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”リーキー・チャネル”という誤解

11/19/2015執筆、12/20/2019 Yahoo Blogより移行公開

 

以前、知人から、次のような誤解があるという指摘を受けました。

 

(先入観1)Kirは、カリウムチャネルの中でも、もともと恒常的にオープンと言われていて、他の電位依存性の開閉スイッチを備えているKv系チャネルとはそもそも構造も違う。もともとオープンと言われているのに、放射性セシウムがこれを「オープンに壊す」とは笑止。Kirの基本を知らないのだろう。

 

どういう意味なのか、さっぱりお分かりにならない方も多いかと思いますので、かいつまんで解説させていただきます。

 

一般的なKチャネルというのは、細胞膜にある生体分子の一つで、そのチャネルが開いたり、閉じたりを繰り返すことにより、細胞内外にKイオンを通過させ、細胞内外のKイオン濃度を調節する働きを持っています(この場合、開閉の確率は、細胞の置かれている生理条件により厳密にコントロールされています)。

 

実は、Kチャネル一般の構造や開閉機構が分かっていなかった、少し前の教科書には、「Kirチャネルは、もともと開きっぱなしのチャネルなのだ(恒常的活性型)」という表記がされていることもありました。そして、たしかに、今でも、Kir2.1は、「constituively active」(恒常的活性型)のカリウムチャネルと呼ばれることがあります。これはどういうことかというと、その他の多くののKチャネルと違って、主たるKir2.1などは、生理学的条件(生体内の自然な開閉制御の文脈において)では、gating(チャネル自身の構造上の変化による開閉の制御)の調節を受けない。かわりに、Mgやポリアミンなどの「栓」がブロッグしたり、ブロック解除になったりで、開通・非開通が制御されているのだ、という理解です。

主には、1990年代の、ポリアミンによるブロッキングのデータから、このような理解に至ってきたと認識しています。また、心室心筋細胞などでは、静止膜電位はKir2.1の開口時平衡膜電位とほぼ一致し、静止期にはKirが常に開いていることが観察されることなども、この説を後押しすることになりました。2010年ごろまでは、まだこの説を大々的に主流雑誌に掲載されてきたと思います。

 

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図:Kirチャネルがリーキー・チャネルと言われるに至った経緯と、反論など

また、その学説を示唆するように、Kirチャネルは特徴的な構造をしています。典型的な開閉機構を持つKチャネル(voltage gated K channels)は6回膜貫通構造(6TM)をしています。このうちの、S1-S4の4つの膜貫通部を使って、細胞膜内外の電位差を感知し、Kチャネルの開閉へとつなげています(下図)。

ところが一方のKirチャネルは、この、電位差感受性センサー部であるS1-S4を欠いていて、たったの2回膜貫通構造しかない、というシンプルな構造をしているのです。ここからまず、昔の人たちは、「Kirはやはり膜電位差を感受できないのだ」と結論しました。

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(図):Kv系チャネルの構造の模式図(断面図) 注:Kチャネル複合体は、4両体をなしている(四つの分子が寄り集まって、ひとつのチャネルを作っている)、ここでの断面図は、便宜上、4つのうち、左右の2つのユニットだけを示しております。また、右側のユニットに関しては、電位センサー部を省略しています。図ように、電位を感受して開閉する種類のKチャネルには、電位センサー部として、余分の構造が必要であり、6回膜貫通構造をしていますが、Kirには、この、電位センサー部分がなく、したがって、(すくなくとも膜電位を感受して)「開閉することはないだろう」と考察されてきました。

 

このようなバックグラウンドで、「Kirチャネルは、恒常的にオープンな、リーキー・チャネルだ」という学説が、長らく電気生理学の世界では支配的となったのです。「リーキー」というのは、「漏れ漏れの」という意味で、自分では閉じることができない、という意味です。Kirの挙動的に、本当はphase 0-2(乃至3の初期)では閉じていないといけない部分があるのですが、それは、Mgやpolyamineのような整流作用の物質が栓をすることで、on/offを制御していて、それで十分なのだ、と人々は考えてきたわけです。

しかし、この学説にも、徐々にほころびが出始めます。まずは、厳密なことを言うと、Mgやpolyamineによる栓の効果だけでは、時間的にも、厳密性的にも、phase 0-2のKir電流をゼロにするのは十分ではないのではないかという矛盾が生じました。

 

また、2000年代初頭以降に次々に明らかにされた、Kirの構造解析では、なんと、Kirは、電位差センサーのS1-S4は持っていないものの、それ以外は、全くもって、完璧な開閉構造を備えていたのです。開閉ゲーティングのためのアミノ酸配列が、完璧に保存されていたということです。

 

どういうことなのか、少し図を用いて説明してみます。下の図は、「開閉機構がない」と誤解されてきた、Kirチャネルの構造断面を、模式的に表したものです。先ほどのKチャネルの図と同じく、4両体のうち、断面図上、左右の2つの分子のみを図示しています。

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図:Kirチャネルの断面模式図。4両体のうち2つのユニットのみを表示しています。実は、Kirチャネルにも、開閉調節のために必要な構造は、きちんと完璧に備わっているのです

 

例えば、upperヒンジ部、lowerヒンジ部(チャネル開閉のための折れ曲がり構造:ドアに例えると蝶番に当たる役割)の2つのGlyは種間で100%保存(図のオレンジの部分)。close時の隙間閉じ構造のLeu/Ileも100%保存(図の黄色の部分。ドアに例えると、隙間を覆う隙間テープの役割)、PIP2結合(閉ラッチ)のアミノ酸残基(IF helixのR, Outer helixのRWR, Inner helixのK, Tether helixの該当部位、C/D loopの該当部位)も、100%保存(図の赤や青の部分。ドアに例えると、開ラッチ、閉ラッチ、ドアホルダー、引っ張るための取っ手などの役割)。これらの、開閉のために重要なアミノ酸残基は、ヒト以外の種でも、完璧に保存されています。

 

通常、生命体タンパク分子の機能にとって重要でないアミノ酸残基は、進化の過程で保存されることはなく、種間での異種アミノ酸になったり、消失していったりするもので、これだけ、種を超えて完璧にアミノ酸残基が保存されているということ自体、『Kirは間違いなく開閉調節をしており、そしてそれは極めて重要な意味を持つ』ということが証明されている、とほぼ同義となります。

 

また、何より、実際に構造上も開閉の構造変化を行うことが証明されてきており、また昨今は、PIP2や様々な刺激で、開閉調節を受けるということがわかりつつあります。

 

いったい、いままでの学説との乖離は、何を意味していたのでしょうか。いままでの生理学的データ自体は、もちろん、疑いようのない正しいデータなのです。いったい、機能の解釈上、我々は何を見落としてきていたのでしょうか?

 

個人的には、Kirは、考えれば考えるほど、謎の深い、不思議なチャネルだという気がするのですが、ひとつ、ユニークで面白い挙動の例を挙げてみます。それは、Kirというのは、生まれてから墓場まで、必ずいつもずっと、Nav1.5というNaチャネルと密接に、行動を共にする、という点です。Nav1.5というのは、心臓の第0相、つまり脱分極期において、Naイオンの急速流入を起こす、もっとも重要なNaイオンチャネルです。これまた大変興味深い、一見不可解なようでいて、そしておそらくは合理的な開閉動作をすることがわかっています。第0期にオープンになり、一過性にNaイオンを急速流入させた後、一旦、急速に機能停止します。ただ、その急速機能低下は、チャネルがクローズになるのではなく、"ball-and-chain"と呼ばれる方式の、極めて素早い不活化だと言う事が分かっています。そして、実は、Nav1.5の主たる活動期は第0期なのですが、なぜか、その後も細分極期に、少量の活動を続けるという謎な行動をとる事が知られています。

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図:Kir2.1はNav1.5と、常に密接し、常に行動を共にしています。

このKir2.1とNav1.5の空間的関係は、NaイオンとKイオンのkineticsが、お互い、相手のチャネルに影響を与えたり、お互いのイオン流入の挙動に影響を与えうる事を示唆しており、Kir2.1ゲート非存在説の矛盾にたいする一つの回答を導くことができる可能性と同時に、phase0開始期や再分極時のNaイオン電流やKイオン電流の、より詳細な意義や精密な制御への理解へと繋がっていく可能性のある 、重要な挙動であるとも考えられます。

 

現在の私の捉え方ですが、従来の名称である「Kir=恒常的オープンチャネル」、これはあくまで、細胞静止期に開いている、という意味以上のものではなく、Kir2.1も脱分極時早期ー中期にかけては(phase0,1,2)、特殊な条件の際の作動時以外は、完全に閉じており、Kir2.1が再度オープンになるのは再分極時phase3になってから、という挙動を取るのではないかと判断しています。そして、Mgやポリアミンは、実際に、その整流機能の調節に、重要な鍵を担っているのではないか、と考えられます。

 

では、いったい、その、Kir2.1の詳しい開閉の条件とは如何に?どんな役割を再分極時にもつのか?再分極時に閉じるとは言っても、開くことはないのか?ここから先は、話が長くなりますので、別項にて(簡単に予測を書いておくと、タンパク結晶構造からの推測では、開ラッチ部分、PIP2結合能力をもつ、tether helixのR186, K188, inner helixのK183, Outer helixのRR78, R80あたりの結合は、乖離定数から言って、高濃度の陽イオンで外れるはずですから、Kir2.1は、電位「差」センサーではなく、チャネロソーム付近の細胞内局所の一過性陽イオン濃度上昇を感知して開閉する機構をもつ、「イオン流入の速度・加速度センサー」であり、このメカニズムが第0-2相ないし3相初期の調節に重要な役割を果たす。その際、Naイオン、Kイオンの両方がKir2.1チャネルの開閉に与える影響を考察する必要がある。余談になるが、2000年代以前の電気生理学の実験では、KirチャネルによるK電流のことを調べるために、系を単純化するため、人為的に細胞内外のNa濃度差をゼロにし、Na電流が測定系に影響を与え無いように条件を固定してから測定する実験ばかりだったので、vivoでの(生体内の)忠実な環境を反映した測定条件ではなく、Nav1.5とKir2.1の共挙動の意味を洞察する生理学実験というのは存在しなかった)。

 

この項の結論は、Kirチャネルが、単なるリーキー・チャネルだと思われていたのは昔の話で、最近の理解は徐々に変わりつつある、ということです。

 

 

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