内部被曝を考察するブログ

2年近く前に骨折をしてから中断していた自転車通勤を再開しました。良い季節ですね。皆様がご健康でおられ、良い一週間でありますように。

非放射性セシウムと、放射性セシウムの、カリウムチャネルに対する影響の出方に関する理論上の違いと誤解

知人から指摘されたのですが、このブログの理論を誤解されておられる方が多いかもしれない、ということを指摘されました。いくつかの理由があるようですが、その一つが、
 
(誤解に基づいた発言)「非放射性(コールドの)セシウムでQT延長になるのは昔から分かっている。放射性(ホットの)セシウムだけじゃなくて、体内にはもともとある程度の量のコールドのセシウムがあるので、量的にはそっちの方が多いから、コールドの方が大事だ。そして、量的な事から言って、(過去のコールドのセシウムのQT延長の沢山の論文での報告量を考えても)、ごく微量の放射性(ホットの)セシウムでQT延長になることは起こり得ない。
(注)コールド=非放射性、ホット=放射性

という誤解がある、という話を指摘されましたので、誤解を正しておきたいと思います。

 
この補足記事で議論するのは、「コールドのCsと、ホットのCsでの、カリウムチャネルへの影響の出方は、全然別のメカニズム」というテーマです。
 
 
このブログで扱っているのは、ごく微量のホットなセシウムでの影響の出方のメカニズムですが、実は、(メカニズムは別なのですが、面白いことに)、コールドの(非放射性)セシウムでもQT延長になることが、随分前から、動物実験でも、ヒトでもよく知られています。(超大量に投与しなければ症状に至らないのですが)この、コールドのセシウムによる不整脈などにかんしては、昔から、沢山の論文が発表されており、目にされた方も多いことと思います。
 
注意喚起する側も、「だからセシウムは危険です」と言っておられる方もいるかもしれませんし、逆に、安全宣言を出したい立場の方は、「超大量でない限りセシウムは安全だ」と言っておられることでしょう。
 
違うのです。大事なのは、ごく微量の放射性セシウムで、心臓伝導路に障害を来すメカニズム。これが、Bandazhevskyのデータの本質で、最初に書いたように、コールドのセシウムのメカニズムとは、異なるのです。
 
しかも、コールドの(非放射性)セシウム投与時の(以前から分かっている)QT延長というのは、それこそ、超大量に投与しなければ起こり得ないので、原発事故後の微量放射性セシウムでの影響を説明することが出来ないのです。
 
ここが、すべての議論のスタート時点です。
 
 
では、(主要記事中には、何度も説明してきたことですが)この補足記事の本題である、コールドのセシウムの影響の出方と、ホットなセシウムでの影響の出方の違いを、改めて、まとめてみます。
 
 
 
2013年初頭の記事で、「たっけ」様のご質問に対する答えにも、書かせていただいていますが、
 
非放射性(コールドの)セシウムと、放射性(ホットの)セシウムの違いは、詰まるだけなのか、詰まった場所で崩壊するのか、という違い。これらの条件の違いを、きちんと認識していれば、カリウムセシウムをごっちゃに議論することもなく、非放射性セシウム放射性セシウムをごっちゃに議論することも避けられるわけです。
 
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この違いを認識することが、まず第一段階です。
 
でも不思議ですよね。コールド=詰まるだけ(機能を阻害する)。ホット=詰まったところで崩壊(そのためKチャネルをオープンの形に固定する=機能過多にする)。オーケー、全然逆の条件ですね。でも不思議なのは、そういう(カリウムチャネルに対して)逆の挙動をする、コールドとホットなセシウムが、なぜ、両方共に、心電図異常(再分極異常)を来すのか?
 
 
なぜ、なぜ、なぜ?
 
 
ここで、心筋の再分極に関与するカリウムチャンネルKvLQT1と、それと逆向きの働きをもつカリウムチャネルであるKirの対比を持ち出さねばなりません。
(KvLQT1とKirのざっとした基本的説明は過去の記事1記事2を参照)
 
もう一度、基本を復唱させていただきます。
 
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以前この図で説明したように、心室心筋が興奮(脱分極)したあとは、興奮を鎮める(再分極)必要があります(心室心筋の細胞膜電位の「脱分極・再分極のphase2」と言います)。このphase2にかかる時間が延長してしまうと、大変やっかいなことが起こってしまいます。従って、このphase2にかかる時間を決定する、「外向きK電流」(上記の赤いツブツブ=Kイオンの、細胞外への流出)の大小を論じよう、というのが、このブログの量的議論の着眼点でした。
 
正常では、このphase2の外向きK電流に関わるもっとも重要なKチャネルが、KvLQT1 (別名KCNQ1, Kv7.1)です。
 
 
下の図のように、心室心筋細胞再分極phase2の時は、心筋膜電位の興奮状態を鎮めるために、KvLQT1をほんのちょっとずつ開きながら、外向きK電流をオンにする(下図の赤丸)という説明は以前しました。 
 
この時、Kirは、微細にコントロールされたKvLQT1の働きを邪魔をしないように、closedになっています。(下図の青丸)(注)
 
 
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(注)複数の教科書や論文から、議論に必要な部分を抽出し、図を合成しました。一箇所、少しだけ不正確な場所がありますが、混乱を避けるため、従来の教科書的記述を踏襲しています。ただし、微量放射性セシウムの影響を論じるときには、より正確な挙動を整理しておいたほうがわかりやすいかもしれませんので、この図は一部、将来修正する可能性もあります。
 
 
では、議論に戻りましょう。まずは、コールドのセシウムでの影響の出方から。
 
コールドの(非放射性の)セシウムで議論になる際のKチャネルは、量的な問題からも、機能異常が前面に出てくるのは、生理学的な見地からは、むしろKvLQT1などに着目しなければならないのです。

(もちろん、非放射性セシウムと、放射性セシウムで、カリウムチャネルのターゲットが変わってくる、と考えているわけではなく、どちらも、同じように、結合していきます。大事なのは、結合のaffinity(親和度)はともにKir>>>KvLQT1なので、ともに、先にKirのほうから結合していく。)

 
ひとつひとつ、段階を追って説明してみます。

もし、今、コールドのセシウムが、ごく微量だけだったらどうなるか?
表2にまとめたように、Csイオンというのは、Kirの方に優先的にガチハマりしていきます。まあ、このKirは、そもそも、phase2ではもともとcloseなわけですから、心筋再分極phase2に影響は出ません。かりに、affinityの低いKvLQT1の方にほんの少しくっ付く分があったとしても、Csは(Kirと違って)KvLQT1にガチハマりするわけではないし、まあそれでもはまった1個分のKvLQT1の電流は低下させますが、これは、recessiveな機能異常なので、その他沢山のフリーのKvLQT1が機能をカバーしてくれるわけです。
 
次に、同じくコールドのセシウムが、今度は超大量に投与された場合は、どうなるでしょうか?
表2に記したように、この時は、affinityの良いKirはもちろん、affinityの悪いKvLQT1の方も、かなりブロックされていきます。Kirは全部ブロックされようがなにしようが、もともとphase2には関係無いので、KvLQT1の方を考えれば良いわけです。さすがに超大量のコールドセシウムとなると、KVLQT1も、影響を受け始めます。KvLQT1にコールドのセシウムが(ゆるりとだが)はまるのは、recessiveな異常ですが、recessiveな異常も、量が大量にあれば、全体のシステムに影響が出始めます。よって、この場合は、KvLQT1による外向きK電流が低下します。
 
最後に、ホットなセシウムによる、ごく微量内部被曝の場合は、どうなるでしょうか?
 
ごく微量のホットな(放射性)セシウムの際に議論になるのは、量的なことから言って、affinityの高いKir系の方が問題になると考えられます。優先的にガチ嵌りしたKirで崩壊し、オープンに壊してしまう。たった1個のオープンKirでも、1個の心筋細胞の再分極時間に影響を与えうるという計算は以前書いた通りです。一方、KvLQT1への影響ですが、まず、affinityが圧倒的に低いので、結合の優先順位が低いですし、また、CsはKvLQT1にはガチハマりというわけではなく、ゆるりと通過できますので、これをオープンに壊す可能性に関しては、考えなくて良いわけです。
 
(表2)
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(注:phase2のことに議論を絞って作表しています。記事最後に注釈を参照)
 
放射性セシウムは、カリウムチャネルをブロックして機能を阻害していくだけなのですが、先にくっつくKirのほうは、実は少量ブロックされただけではphase2での細胞機能異常につながりにくく(なぜなら、上の方の図のように、Kirはそもそも心筋再分極phase2ではもともと閉じているものなので)、細胞に5万個Kirがあったとして、その全て(あるいは大部分)をブロックして、さらに余剰量の非放射性セシウムが、こんどはaffinityの低いKvLQT1をブロックし始めて(KvLQT1に関しては完全にはまり込むのではなくゆっくりにする程度ですが)、さらに、5万個ある(仮定)KvLQT1の10%くらいをブロックして、ようやくphase2の影響としてはQT時間に影響が出始める(推測的考察ですが、一応量的な部分は過去の実験データとある程度の整合性を取っています)、と考えています。(ただし、わかりやすく説明するために議論を端折っていますが、(結論は全く同じですが)、実際には全体としてはphase3の影響を加味しなければなりません。最後尾注釈を参照。)
 
 
つまり、非放射性のセシウムの場合、乱暴な仮定的数量ですが、数万個くらいで影響が出るイメージです。

 

一方、放射性セシウムは、各種カリウムチャネルへの選択性は、非放射性セシウムと全く同等だけれども、同じように先にくっつき始めるKirに、これをオープンに壊すモデルを推定しているので(本文に書いたとおりです)、細胞にたった1個Kirが壊れても影響が出うるし、もっと言うと、数百個の細胞に1つという割合だったとしても、臓器全体として影響が出うる、というメカニズムが想定できる、ということです。
 

 
 
 
(注)わかりやすい説明をするため、理論の説明の本文でも、この補足でも、phase2のことに絞って解説をしています。実際、微量放射性セシウムでの再分極への影響の出方は理論的にはphase2における影響が主体と考えられますので、bandazhevskyの心筋症つまり、放射性セシウムの問題に限っては、ほぼこの議論を押さえておけば良いと思いますが、非放射性セシウムのことを厳密に論じていく際には、phase3のことなども絡んできて、少し複雑な話が入ってきます。結論は全く変わらないのですが、専門的には、とても面白い話が少々ありますし、最先端の分野でも決着の付いていないパラドックスの話(でもきちんと考えればすべて綺麗に整合性のある説明の付く話ばかりです)などの深い話もありますので、また機会があれば、議論してみたいと思います。また、Kirの開閉に関しては専門分野の中でも、過去二十数年以上にわたり、決着の付いていない興味深い議論があり、恐らくは今後5年から10年くらいを掛けて、その開閉機の条件と生理的役割が、かなり書き換わってくる様相を見せつつありますので、機会があれば後ほど、議論してみたいと思います。当理論では震災後より、様々な理由で、Kirの開閉機構は他のチャネルと同様の開閉機構でコントロールされているという立場で解説しています。セシウム云々の議論とは別に、そのように考えなければ、過去の生理学的データと心筋細胞の膜電位調節上の挙動の間で、いくつかの矛盾が生じてしまう可能性があるからです(後ほど議論したいと思います)。