内部被曝を考察するブログ

2年近く前に骨折をしてから中断していた自転車通勤を再開しました。良い季節ですね。皆様がご健康でおられ、良い一週間でありますように。

心筋再分極の伝搬様式についての補足説明。意外に知られていない最新の知見と動向

このブログの理論をご理解いただくために、多くの方が引っかかるポイントの一つは、心臓が、伝導系を成していて、そのシステムとしての機能は、直列接続である、という点に気がつくことができるか、受け入れることができるかどうかという点かと思います。
 
最近知人から指摘されたのですが、このブログの理論を誤解されるかたが多いかもしれない、とのことです。いろいろな理由があると思うのですが、その一つが、この、「心臓が直列システムである」ということに気がつかない、あるいは、専門家でも日頃の研究の思考回路が邪魔をしたり、専門知識による先入観によって、直列システムであるということを受け入れられない、という点かと思います。
 
(先入観に基づいた発言1)「心臓には、何百億個もの細胞があり、たった50個や100個、いや千個でも万個ですら、そんな一握りの細胞がおかしくなったからといって、心臓の機能に影響が出るわけがない」
 
という一般的な先入観や、
 
(先入観に基づいた発言2)「心臓の再分極が直列接続だなんて、馬鹿な話をするな。再分極は自律調節だ」(これ、知らない方は何の話をしているのか訳が分からないとおもいますが、後段にて詳しく解説していきます)
 
という、むしろ専門知識があるがための先入観があるのではないかと思います。以前の記事(記事1記事2)ですでに述べていることなのですが、この補足記事では、それらの誤解や否定的意見に対して、改めて、少し詳しい解説を書いてみたいと思います。

(図)心臓の刺激伝導系
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上の図は、心臓の電気的興奮状態が心臓内を伝わっていく様を図示したもので、「刺激伝導系」と呼ばれます。上流(洞結節)に発した興奮状態が、下流心室心筋)に伝わっていきます。皆様が日頃よく目にする心電図も、この心臓全体の電気的興奮状態の総和を記録したものですし、心臓全体が効率よく、秩序立って血液を全身に送り出すポンプの役割を果たすことができるのも、心臓全体がシステムとして、このように、整然とつながった一連の接続でタイミングを取っているからなのです。

心臓の刺激伝導系が直列システムであるなんて、言われてみればなんのことはないのですが、得てして、生物学の専門家になればなるほど、日々手がけている実験の条件に引きずられてしまい、こんなごく当たり前の条件を、忘れてしまいがちです。あるいは一方、専門知識の豊富な方は、現状での見解の先入観が邪魔をして、「直列接続である」ことに、違和感を覚える方もおられるかもしれません。
 
そういう、いろんなレベル、いろんなバックグラウンドに応じた、否定的な意見があると想像していますので、ひとつひとつに、見解を書いていってみたいと思います。
 
まずは、第一の誤解意見について。
 
ーーーー直列システム、並列システムーーーーー
 
誤解(直列システムを想定できない)の理由1

原発事故後にも、セシウム内部被曝をアセスするときにも、次のような計算をやっておられた方が多いのではないでしょうか?

(古典的理論での計算)セシウム50Bq/kgの実効線量は、xxxミリシーベルトであり、心臓の等価線量はyyyミリシーベルトである。この程度のエネルギーでは、なにも臓器障害は起こらないだろうが(まあこれ、古典的「確率的影響」の目安であるシーベルトというエネルギー影響換算単位を臓器障害の目安にも当てはめようという目論見自体が古典的理論体系の中だけでもルール違反なんですが)、(古典的計算方法はここで終わりですが、話のネタとして、蛇足的な計算例を書いていきます)、念のため、一個あたりの細胞への影響を計算するためにも、心臓の1キログラムあたりには、10のzzz乗個の細胞があるから、こいつで割ってやって、、、(以下略)、やっぱり、1個あたりの細胞にたいするエネルギーが小さすぎて、なにも起こらないだろう。。。
 
このような、古典的理論に沿った計算方法というのも、並列システムにおける考え方の典型的な例ですね。
 
これは、生物学研究者でも、陥りがちな罠なのですが、人間というのは、毎日の自分の思考パターンに縛られる、という傾向があると思います。何が言いたいかというと、大半の生物学者も、毎日、細胞実験を手がけることが多いのです。(細胞を培養してやりながら、細胞培養液に、薬剤を振りかけて、細胞の挙動を様々な手法を駆使して観察するような実験、というのが、日常のルーチンなわけです)。
この、細胞実験というのは、ほぼ須らく、「並列システム」を取り扱う実験なのです。例えば、典型的な例として100万個の細胞をだいたい1ディッシュに撒いて、薬剤刺激するわけなのですが、細胞培養液中に薬剤を加える、ということは、100万個の細胞全体に均等に薬液を行き渡らせ、すべての細胞に、同じ刺激を加えたときの、(並列システムとしての)総和をアウトプットとして捉えて、データにします。

ということで、細胞実験を専門にしていると、実は、「生体には直列のシステムがたくさんあるのだ」ということを忘れてしまいがちです。普段の思考ルーチンに、思わぬ目隠しにあってしまうということもあるのかもしれません。
 
(では動物個体を扱う学者が、直列システムを普段意識しているか、と言えば、そんなこともなく、私なども、動物に薬剤を投与するときには、だいたい、薬剤が組織に均等に行き渡ったときの、並列システムとしての考え方をすることが大半です。)
 
やはり、心臓の伝導路など、特殊な系で普段仕事をしている方以外は、気をつけておかないと、直列システムで考えないといけない可能性というのに、最初は気がつくのは難しいのかもしれませんね。
 
 
さて、ここまではいいでしょう。まずは、ちょっとザックリとまとめてみます。
 
心臓は、ここで話題を持ち出した通り、その刺激伝導系は、直列接続です。心臓の脱分極(興奮状態)が、上流のペースメーカーから、次第に、下流の心筋細胞に、次々に伝わっていく。心室心筋同士も、ギャップジャンクションという接続を介して、電気的に興奮状態を伝えていく。心臓の興奮状態の伝わり方が、伝言ゲームのような直列接続をなしているというのは、過去脈々とした医学生物学研究で証明されてきた、紛れもない事実です。これに異を唱える人は、一般の方も、専門家も、おられないことでしょう(でも本当は、きちんとした詳細なメカニズムの証明は難しくて、現在進行形で、長い研究の歴史があるのですけれどね)。

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これは、以前に出した説明です。最初の解説では、少し細かい話は抜きにして模式図で感覚的にわかっていただくことを目標にしました。心筋細胞のシグナルが、直列接続をなしていて、上流から下流に、脱分極(興奮状態)が伝搬していく。
 
 
ところが、これが、心筋再分極(興奮状態を鎮める時期)のことになると、ちょっと話がややこしくなってきます。
 
特に、もしかしたら、循環器学をよくご存知の方は、中には異をとなえられるかたもおられるかもしれません。
 
実は、心筋の再分極の様式に関しては、最初の記事でも異論の可能性を想定し、最後尾の注釈などを入れつつ、出来うる限り正確に書いたつもりですが、簡単な説明にするために端折った部分もあり、また、少々複雑な事情もあり、納得されない方もおられるかもしれません。
 
 
ーーーー再分極の直列伝搬についてーーーー
(ここから、少し専門的な話になります。興味のない方は飛ばして下さい)


誤解の理由2:
 
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これ、何度も出した図ですが、心臓の心室心筋の脱分極・再分極のフェーズ(時期、相)の模式図です。図のphase2とphase3(平らになっている部分から、右肩がなだらかに落ちていっている部分)を合わせて、再分極相(興奮を鎮める時期)と言います。この再分極相の挙動を、このブログでは延々と論じています。
 
上の図は、実験動物の生体内の心筋細胞から記録したデータの模式図ですが、実は面白いことに、この、心室心筋脱分極・再分極のパターンは、細胞実験でも、簡単に再現できてしまうのです
 
 
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図の左グラフは、モルモットの心臓から、酵素処理をして単一の心室心筋細胞を分離したものに、電極を当てて、活動電位を記録しています。右のグラフは、培養細胞に、KvLQT1チャネルを発現させ、同じく活動電位を記録しています。ともに、実際の論文からデータを借用し、トレースしたものです。
 
ご覧のように、たった1個の細胞で計測しても、綺麗な、脱分極、再分極のデータが得られます。この図からわかるように、たった1個の細胞ですら、このような挙動を取るわけですから(持続時間は若干違えど、生体内の心筋データと似た、綺麗なカーブ)、再分極が起こるには、細胞ー細胞間の直列ネットワークというのは、本質的には必須ではないのです。つまり、脱分極が起これば、一定の時間の後に、再分極が起こる。KvLQT1という分子(などを始めとした再分極時に働くKチャネル)に、内在的に組み込まれた、電位依存性の開閉特性のプロファイルによって、自然に、こういう、脱分極ー再分極のカーブが描かれます。つまり、再分極のタイミングは、もともと、本質的には、個々の細胞に内在性のもの(一種のセルフタイマーがある、という表現を使ってもいいかもしれません)。
 
、、、という生理学上の事実があるために、専門家の中には、
 
(先入観に基づいた主張)「心筋再分極は、自律的に決まっているのであって、心臓ないの直列システムではない」

と考えておられる方が、予想外に多いのではないでしょうか?
(まあ、これは現在進行形で研究されつつある分野なので、「誤解」とか、「間違い」と言い切ってしまうのは、言い過ぎなのかもしれません)。
 
 
この意見の誤解を解くための解説を書く前に、実は、もう一つ、専門家であればあるほど、そう思ってしまいたくなる(再分極が直列接続ではないのではないかと考えてしまう)理由があります。


誤解の理由3
実は、再分極というのは、(これは非常に面白いけれども非常に複雑なので、本文中では説明をあえて省いてきたことなのですが)、脱分極(興奮)の伝搬のように、上流から下流への、素直な一直線の直列ではないことがわかっています。
 
生体内の心臓の再分極のタイミングというのは、非常に面白いことに、まずは、心室外壁側の細胞(epi層)が再分極し、次に、心臓内膜側(endo層)、そして、何故か、最後に真ん中の中間層(M層)、と再分極していくことが、わかっています。なぜ、こんな複雑な再分極のタイミングになっているかというと、少々面白い仮説もあるのですが、今のところは、まだ現在進行中で、説明の決着の付いていない分野、と理解しておいておください。
 
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さて、ここで、問題が生じます。まず、一番に湧き上がってくる問題提起というのが、
「もしかして、脱分極と違って、再分極は、直列接続ではないのではないか?だって、もしも直列接続だったら、epi-->M-->endoという素直な一直線の順番で再分極していくはずじゃないのか?」「もしかして、個々の細胞が、勝手に、自律的に、細胞内時計を持っていて、それぞれ、あるタイミングがきたら、勝手に興奮を鎮めて、再分極して行っているだけなのではないか?」
 
 
歴史的に複雑な経緯があり、とても長い話になりますので、まずは結論だけを書いておきます。
 
最新の医学データからは、再分極も、直列接続である、ということを示唆する証拠が、着々と示されています。
 
(ごく一部ですが、近年の医学研究からの知見を、下の表に、列記してみます。)
 
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と、再分極も直列接続であろう、ということを示唆する知見は、数多く蓄積されつつあるのですが、いくつかの実験例を、一つだけ模式図で解説してみます。
 
下図のように、connexin43の発現量や機能を大幅に抑えてやると、心筋細胞の興奮持続時間(APD)が著変してしまい、APDのdispersion(dispersionというのは、乱れるというか、差が大きくなるというニュアンスの言葉です)が起こります。つまり、再分極も、正常ではうまく、細胞ー細胞間の直列接続での電位調節によって、タイミングをとって、ずれ幅がきちんとコントロールされているのだろう、ということが言えるわけです。
 
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(注)この図は実際のデータではなく、データから導かれる理論を説明するための概念図です。
 
以上をまとめると、
 
心筋の再分極の様式が、直列接続ではないという、先入観をもっておられる方もいるかもしれませんが、実は再分極も、直列接続をなしているという証拠が蓄積しつつあります。おそらくこれは、生物のシステムとしても、合理的なのだろうと思います。個々の心筋細胞自体それぞれにも、再分極時間を決める自律機能があるけれど、心臓全体の調律の協調を行うために、再分極も協調リズムを取っていると考えられています。
 
(ただし、脱分極のように、endo-->M-->epiではなく、epi-->M, endo-->M のように、両側層に起点をもつような直列接続になっている可能性が高い)
 
 
 
蛇足的議論1:あくまでも、仮説としてですが、phase 2からphase 3のトランジションの伝播(恐らくはエッジ・トリガーのような形で)が大事なのかな、と個人的には理解しています。当ブログでの理論での、phase2の遅れが、モロに下流に効いて来るというモデルは、この再分極のギャップジャンクション協調モデルに従っています。