内部被曝を考察するブログ

2年近く前に骨折をしてから中断していた自転車通勤を再開しました。良い季節ですね。皆様がご健康でおられ、良い一週間でありますように。

メカニズムの説明 (定量的考察1:単一チャネル考察)

ここで行う議論は、

<<<ごく微量のカリウムチャネルがオープンの形に壊れたときに、影響が出うる可能性を定量的に検討する議論>>>
です。QT延長症候群と言うものに関して、議論してみたいと思います。
 
ーーーーーーーー補足ーーーーーーーーーー
(注:1/24/2020補足。この理論を誤解する方が多いようなので断っておきますが、「Kチャネルが壊れる結果、細胞死が起こる」と論じていると勘違いされておられる方がおられるようなのですが、違います。Kチャネル(特にKirチャネルというグループ)が壊れた(オープン固定された)時に、その細胞の興奮・脱興奮のリズムのタイミングが遅れることを論じています。タイミングの遅れに関する該当補足記事
 ーーーーーーー補足終わりーーーーーーーー
 
 
そこで、以下ではまず、Kチャネルが壊れた時に、細胞の興奮・脱興奮のリズムのタイミングが狂ってくることに関して、議論してまいります。

ちょっと、専門的になりすぎるかもしれないのですが、まず、第一のポイントは、分子の壊れ方を2通りに分けて考える。

ひとつはloss-of-function (ここではチャネルがclosedの形に壊れる)。
もう一つはgain-of-function (ここではチャネルがopenの形に壊れる)です。
 
 
ーーー(1/24/2020補足: 附記7からの転載) ーーー

古典的な放射線物理学的な考え方に馴染んだ方にとって、生物学的な議論のうち、慣れていない考え方のひとつに、生命分子というのは、「機能」をもっている、と言う点だと思います。

 物理学の基本構成要素を扱う時に、普通は、モノとモノが、ぶつかったり、反発したり、引き寄せたり、passiveな作用しかありません。ところが、生物の分子には、「機能」というものがあります。これは、地球が誕生して、数十億年の経過で、化学物質が生まれ、生命が生まれ、進化してきたことの賜物です。最初はランダムに物質と物質がぶつかり合っていた時代から、進化の過程を経て、生命体分子が「機能」を持つようになった。

従って、慎重な生物学的問題に関する考察、というのは通常、生命分子が壊れるとき、その「機能」の壊れ方を、丁寧に考察することが要求されます。

ーーーーーーーー補足終わりーーーーーーーーー
 

ちょっと乱暴な言い方になって、正確ではありませんが、この場合、と限定して論じさせていただければ、
closeの形で壊れるKチャネルはrecessiveな異常分子として捉えることができ、細胞機能にも影響はほとんど出さないまま、turnoverされて、それでおしまい。
openの形で壊れるKチャネルは、定量計算にもよりますが、dominantな異常分子として働きうる可能性を持っていて、場合によっては、数万個のうち、たった一つでも、 細胞の機能に影響を与える可能性が生じる。 

という感じの流れになっています。
<注:dominantな異常、recessiveな異常に関する補足>

ポイントは、世の中の医学者に支配的な考えというのは、
「ごく微量の分子が壊れても、5万とある他の分子が機能をカバーしてくれて細胞の機能に影響など出るわけが無い」
「心臓にkg当り10の11乗個もある細胞のうち、ごくわずかが機能異常になったからと言って、心臓の機能に異常が出るはずが無い」
この2つの、固定観念のために、Bandazhevskyのデータを信じられない
、と、検討する前から、可能性を排除してしまっているのが実情だと思います。

ですが、きちんと定量的に考えれば、可能性は十分にありうる、という結論に達します。
この議論では、上記のオープンvsクローズの議論以外に、ちょっと乱暴な言い方をしますと、「心臓は直列処理をしている臓器で」、「並列処理をしている肝臓などとは影響の出方が違う」 というのが、もう一つのポイントです。

まずは、心臓の伝道路と、心電図の成り立ちについての基本事項です。

イメージ 2
(他サイトからの転用です)


ここでは、QT時間についてのみ、議論します(本当は、丁寧に考察していけば、QRS波形にも影響がでる可能性も考えられるのですが、このウェブサイトでは無視します。<注:補足説明1>)

上記の心電図の、QRS波のはじめから、T波の終わりまでを、「QT時間」と呼びます。これが延長しちゃうと、まずいことになってしまうのですが、なぜまずいか、という詳しいことは後回しにして、まず、

QT時間が何できまるか?

上図にあるように、洞房結節(SA node)、心房(Atrial Muscle)、房室結節(田原結節、AV node)、ヒス束-プルキンエ線維(図中には描いていません)を出た後、心筋細胞に興奮、脱興奮が伝わり、心室細胞から心室細胞に、細胞間のギャップジャンクションという部分を伝わって、電位の変化の信号が伝達していきます。(本当は、脱興奮にかんする伝わり方は別の見方もありますが、信号が細胞から細胞に伝達するのが重要、という見方は同じと考えることができます)。

つまり、上図の、青い波形の、なだらかな右肩下がりの部分が、延長するかどうかで、QT時間が延長するかどうかが決まります。

この部分を詳しく見ましょう。下図のphaseの2-3の部分の議論です。

イメージ 3
(他サイトからの転用です)



この部分で、大事な、「心筋再分極時の外向きK電流」というのがあり、IKsとかIKrとか呼ばれています。
知っている人にはわざわざ説明する必要もないことなのですが、下の図のように、心筋細胞が静止時には、細胞内Kイオン過剰、細胞外Naイオン過剰となっています(これら2つのイオン以外に、細胞内には陰イオン過剰となっているので、細胞膜電位はマイナスです=分極状態)。心筋興奮時には、まず、Naチャネルが開いて、Naイオンが流れ込むために、細胞内が陽イオン過剰となり、細胞膜電位はプラスに転じます(脱分極=興奮している状態)。
で、心筋細胞が、もういいやって思って、興奮を鎮めるときは、今の逆をやってNaを汲み出すのではなく、今度はKイオンを外に出すことによって、陽イオン過剰状態を是正します。ちょっと考えていただければ分かるんですが、その方が楽なんですよ。 (狂ってしまったNaとKの濃度勾配にかんしては、あとでゆっくりと、その他のチャネルや、ポンプといわれる別種の分子をつかって、もとの状態に戻していきます)。

つまり、再分極には、外向きK電流(IKs, IKr)が大事

イメージ 4


厳密に定量化するには、まだまだ我々は最先端の知見でもデータをそろえきれないのですが、この心筋再分極時の外向きK電流に関して議論してみます。IKs, IKrのうち、どっちかに絞った方が 話がはやいんで、IKsについて。繰り返しますが、再分極時の外向きK電流でQT時間が決まる。 IKsやIKrが小さくなれば、流れうる電流が小さくなりますから、同じ再分極電位に達するのに時間が掛かる。つまり、QT時間が延長する。

いきなり、端折って、式を出します。

総電流 IKs = N x p x i

(ただし、ここで、Nは総チャネル数。pは開確率、iは単一チャネル電流)

セシウム内部被曝で、この、外向きK電流IKsが、有意に小さくなることがあるかどうかを、以下に延々と議論して行きます。
もう一度繰り返しますが、IKsが小さくなれば、QT時間は延長するからです。


とりあえず、この場合、チャネルとしては、KvLQT1 (KCNQ1)を考えておききましょう
総数Nに関しては、今はとりあえず数万(ここでは5万)という数字を受け入れておくことにしましょう。
iは数pS。簡単に試算するために、単位を省いて、i=1としておく。

開確率pは、膜電位と時間の関数です。
KvLQT1というのは、膜電位の「脱分極状態を感じ取って」、オープンになります。つまり、膜電位の関数、というのは、そういうことです。

さて、イオンチャネルのことに詳しくないかたは、話がこんがらがってきたかもしれません。
別のイオンチャネルを例にとって、「開確率」のことを説明しておきます。
イメージ 1

チャネルがクローズ、つまり閉じているときは、ほとんど電流が流れません(開確率はほとんどゼロ、ということ)。上の図の、上段あたりのグラフです。チャネルがオープンの状態になると、上図の下段のグラフのように、少しずつチャネルが開く確率があがり、電流が流れやすくなります。開確率が上がった、ということです。

つまり、イオンチャネルの世界では、チャネルが、開いたり閉じたり、という現象を、この、「開確率」という確率で表現します

上の式の、pというのが、開確率です。

ただし、以下の議論では、外向きK電流 の責任領域のフェーズ、つまり心筋再分極時phase2の約200msecの間の、時間でおしなべた 「時間平均の」開確率として扱います。ピークじゃないですよ。
仮にピークでの開確率が0.3-0.6くらいの範囲だったとしても、時間平均、1分子平均にすれば、 もっと小さくなる。つまり、p<<1。


このような、時間平均チャネル平均で極小なpの元では、Nが1つ減って 50000 --> 49999 に変わったところで、全く総電流IKsには変化が無い。 KvLQT分子が、一個消えてなくなっても(クローズの状態で壊れて、怠けて休んでいても)、全然気にならない。

IKs = N x p x i

の、Nが5万分の1減ったところで、屁のカッパ、ということです。

実は、原発事故後も、「セシウムの化学毒性は低いから、心臓に影響なんて、よっぽど高濃度じゃないと出るはずがない」という考え方をする議論もあったんです。
つまり、この、「クローズの状態で怠けている」というのが、心臓に全然影響の出ないパターン。そして、私が、recessiveだとか、loss-of-functionの方のパター ンだと分類している、チャネル分子の障害メカニズムの一つ。全然影響が出ない。

 

言ってみれば、会社員が5万人いて、そのうちのごく一部の社員しか真面目に働いていなくて、 しかも働いている会社員も、適当にサボっている状況で、一人の社員が欠勤しても、気付かれる ことすらない。

コールドのセシウムによる化学毒性、というか、生理学実験で普通に用いられるチャネルブロックの手法は、こちら側になる。影響を出すためには、超超大量に投与しなければならない。

実際、coldなCsをラットに投与してQT延長させる実験の論文があるんですが(上の方に書いた Gueguenの論文とは別の論文です)、モル計算で、Bandazhevskyのデータの10の9乗くらいの 超高濃度を入れてやら無いと影響がでない。まあ、ここに書いたとおりです。

もう一度、まとめ、書き直しておきますが、KvLQTによる外向きK電流の寄与は
 
IKs = N1 x p1 x i1     ......①

です。
但し、ただし、N1, p1, i1はKvLQT1の総チャネル数、開確率、単一チャネルコンダクタンスです。 
ここで、N1=50000, p1<<1, i1=1。

つまり、細胞1個あたりに、チャネルは5万とあり、開確率はとても小さく(チンタラチンタラと働くチャネルであるということ)、単一チャネルコンダクタンスも取り立てて大きなものではない(これは、簡便のために、無単位数の1とおきました)。


さて、別のカリウムチャネルに注目してみましょう

 

一方、上記の外向きK電流に関するチャネル以外にも、心筋細胞には、内向きKチャネルがある。とりあえず、大まかにKir系。 この内向きKir系のチャネルは、KvLQT1に比べ、単一チャネルコンダクタンスが10倍くらい良い。つまり、上記のiが10倍。
ホットなCs分子(放射性セシウム、Cs134/137)が、仮に、このチャネルを、openの状態に壊すことができたら、これはgain-of-function の状態で壊している、ということ。

今、仮に、ホットなCsで、ある1つの細胞で、1個だけ Kirをオープンの形で壊すことができたとしましょう

つまり、Kirが、生来、心筋細胞の脱分極・再分極のどのフェーズでどんなはたらきをしていて、
チャネル特性がどうで、pがもともとどうだったかなんて、全然関係ない。
外向きに拮抗する、内向きチャネルを1個だけ、p=1に固定できる、ということ。
(注:その他のKir分子は、このフェーズでは、外向きK電流の邪魔をしないように、クローズ(closed)になっています。つまり、この1個のKir分子以外の49999個に関しては、p=0です)。
 
この場合のKirによるK電流は、N2 x p2 x i2  ......②
 
ただし、N2=1, p2=1(オープン固定された1個のチャネルは完全にオープンに固定されており(p2=1)、それ以外は全てphase2では閉じているから)、i2=10(コンダクタンスの良いチャネルであるということ)



たった一個のオープン固定されたKirチャネルが、KvLQT1のチャネル集団に、どれほどの影響を与えうるかを比較するため、①と②の大小をざっと比較してみます。

N1 x p1 x i1   -  N2 x p2 x i2
但し、ここで、上に説明したとおり、N1=50,000, p1<<1, i1=1で、N2=1, p2=1, i2=10 です。


ざっとした概算ですが、もしも、p1の時間平均チャネル平均の確率が、p1<0.002以下であれば、IKsは顕著に(1割程度)変化することになり、 QT時間は延長することになる

これが、仮定として、hotなCsがdominantな形に(オープンの状態に)Kチャネル(特にKir系)を壊すことがあれば、 ごくわずかなCs内部被曝で、QT延長につながるかもしれない、というひとつの可能性。

イメージ 5

<<ここのKirの議論は、誤解を受けやすいので、補足説明2をしておきました:リンクに飛んでください>>

話を簡単にするために、とりあえず1細胞に1個チャネルを壊して、影響がでるかどうかを論じるために、
N2=1とおきました。実際には、セシウム内部被曝量から計算されるモル数、分子個数、崩壊スピード、タンパク代謝速度との平衡、そして、心筋1kgに含まれる細胞数を計算すると、N2<<1の場合を想定しないといけないのは分かっているが、それは、後ほど述べることにします。



<注:補足説明1>QT延長以外に、QRS異常(脚ブロック様変化)、再分極の不均衡のもう少し詳しいメカニズムからST部分の異常、J波出現などの可能性も想定に入れています。胸部不快感や心電図異常などから心筋梗塞を疑わせるのに、逸脱酵素上昇の見られない不可解な症例では、鑑別診断のひとつとして、セシウム心筋症を選択肢に入れ、そういう症例では今後、内部被曝実測をしていく必要があるのではないかと思います。
<補足2>KvLQT1への影響は次頁。


(4/10/2016):説明を端折りすぎていた箇所がありましたので、少し修正させていただきました。
(12/24/2019):細胞内外、特にKチャネル局所のKイオン、Naイオンの挙動に関し、説明を端折っていた箇所を補足しました。ご参考ください。