内部被曝を考察するブログ

2年近く前に骨折をしてから中断していた自転車通勤を再開しました。良い季節ですね。皆様がご健康でおられ、良い一週間でありますように。

Bandazhevskyの病理データにかんして

Bandazhevskyの、Swiss Med Weeklyの主要論文2編にかんする学術的価値は、私は、なるべく中立的に、震災直後から評価する方向で受け止めています。

 
一方、Bandazhevskyは、論文以外にも、著書や、小論文のようなものを書かれておられ、私も震災後、ネット検索で、彼の発表されておられる、心筋病理像などを目にしてきました。
 
私も、日常的に主には実験動物の、そして時としてヒトの病理標本を、実際に自分で取り扱う現役の研究者ですから、いろいろと感じるところはありました。
 
不整脈関連のことを、自分の背丈の届く範囲で議論する以外には、あまり、かれの病理標本のデータを、他の学者と話し合ったことはなかったのですが、あとから見返してみると、震災後から、批判的な意見を述べておられる方もおられることを知りました。一部の批判にかんしては、もっともな指摘もあります。
 
(ただし、写真の撮り方が上手いだとか、下手だとかいう、技術的な部分に関する個人的な感想は、ここでは棚上げにしておきたいと思います。得てして、恵まれた立場にいる研究者というのは、最良の機器、理想的な道具が、当たり前のように使える幸運を、誰にでも享受できるものだと錯覚しがちですが、私も自分の研究室の立ち上げの時に経験があるのですが、他のラボがジャンク品として、廃品にだしているような、古びた、調節機能のままならない顕微鏡を引っ張り出してきて勝負しなければならない苦境というものはあります。また、病理標本のプロセッシングにしても、パラフィン自動埋包機というものを、有能な技官の方が、全部代行してくれるという状況も、教室によっては当たり前の光景だと思いますが、時に、こういう泥臭い作業も、ひとつひとつ、手作業で、温度の不安定なイカれかかった恒温槽で処理しないといけない、そんな、ダイハードな状況というのも、あり得るわけですから。)
 
その上で、心筋の断裂像があるのか、ないのか、アーチファクトに過ぎないのか、また、炎症性変化があるのか、ないのか。
 
結論を言えば、どちらも(それぞれの所見があってもなくても)、メカニズム的には十分考えうる。
 
 
個人的には、Badazhevskyの心筋症の場合、病理像から得られるメカニズム推定は、限定的なものであろうという、推測の元に、当ブログでのメカニズム推定を行っています。
 
しかし、例えばQT 延長の致死性不整脈発作であるtorso-de-pointというのは、心室心筋の「痙攣状態」のようなものですから、心筋の過興奮毒性(注)のような形で、心筋がびまん性に壊死像を示すことがあっても、それはそれで、結果像としてはありうる話ですし、その際には、基礎疾患などがあり、心筋炎症を経て心室細動に至るような心筋炎による心筋症などとはメカニズムが違う想定をしているわけですから、炎症反応(浸潤細胞)は、二次的なもので、ごく軽度にとどまる可能性が考えられます。したがって、すくなくとも、Bandazhevskyの病理像の、不定形的な所見をもって、彼のプライマリな発見(微量の放射性セシウムによる心筋症、伝導路障害など)を、否定する材料には、全くならないだろう、というのが、震災直後からの、一貫した私の見方です。
 
 
 
(注)excitotoxicity(興奮毒性)という専門用語は、厳密には、神経生物学において、神経細胞が、グルタミン酸などの神経伝達物質の過剰刺激によって、過興奮という状態を起こし、細胞死を来す現象として知られています。メカニズムに関しては、現在進行形でいろいろな議論がありますが、たとえば細胞内カルシウムがオーバーロード(細胞質内にカルシウムイオンが過剰に流れ込むこと)して、細胞死に至る、などのメカニズムで説明されています。ただし、細胞は正常の興奮状態でもカルシウムのシグナルは有効に利用することができるので、異常カルシウム・オーバーロードが、正常の反応と質的にどう違うのか(流入量が過剰なのか、持続時間の問題なのか、タイミングなのか、他にセイフティ・スイッチがあるのか)、いろいろな角度からの面白いことも解明されつつあり、まだまだ現在進行形で研究されている分野です。ともかく、「細胞が異常なまでに興奮したり、過度の刺激をうけると死ぬ」という現象自体は、様々な実験系で再現性が高く、一般的に広く受け入れられています。このブログでは、「細胞がたとえば痙攣状態になるような、異常な活動をしたら、細胞死のリスクが高まる」と、少し広い意味に拡張して、興奮毒性という言葉を使っています。日常生活での経験則として、誰もが知っている現象としては、「こむらがえり」を考えてみてください。誰しも、寝ている時に足がつって、痛みで目がさめたという経験はあると思いますが、あの、こむらがえり(有痛性筋痙攣と言います)。筋肉の細胞が、過度に興奮してまさに痙攣しているわけなのですが、この、過度の興奮のために、筋肉細胞が細胞死を起こすことがわかっています。