内部被曝を考察するブログ

私の街は、桜もmagnoliaも満開となりました。心和む季節ですね。皆様がご健康でおられ、良い一週間でありますように。

附記5(体内に存在する量の放射性炭素C14による内部被曝がなぜ安全と考えられるのか):C14やトリチウムの危険性再評価

<執筆途中です>

<2021年4月19: タイトルが「安全寄り」と誤解されかねない表現だったので、タイトル補足と、追加説明を加えました(途中経過)>

ご存知の方も多いと思いますが、体内にもともとある放射線源として、K40の他に、C14 などがあります。

 

原発事故直後に、「内部被曝は少量でも要注意だ」という、我々のような主張に対し、「いや、体内には、トリチウム放射性炭素がもともとあり、それぞれ、数十、数千ベクレルもあるのだから、放射性セシウムを少々摂取したところで、桁として無視できるので、問題ない」という反対意見を耳にしました。このような、旧来の放射線医学(xxxミリシーベルトという、放射線のエネルギー付与単位偏重に終始するの論述)に対し、おいおい、ちょっと待ってくれよ、放射性物質の持つ、「物性」をもっときちんと論じようよ。そうすれば、放射性セシウムの危険性は、きちんと定量的に説明できますよ、というのがこのブログ創始の趣旨です。



最初のタイトルの、「放射性炭素C14による内部被曝がなぜ安全か」というのは、そういう、旧来の放射線理論に対する反論としての表題です。K40, Cs137, C14、トリチウムなどを、物性を無視して、エネルギー付与単位であるシーベルトという切り口で一元的に論じようという、旧来の放射線医学信奉、過度なまでの放射線物理学一本槍信奉をされている方の主張に対し、C14やトリチウムセシウムは異なるのだ、という点を強調したいがためのタイトルでした。

 

「C14やトリチウムが、自然内部被曝線源として、普通に存在する程度の量では、健康障害は起こらないだろう」とは書かせていただきましたが、言うまでも無く、量の問題です。
 
 過剰量を細胞内に取り込んでしまえば、様々な悪影響が出現しえることは想定しておかねばなりません。過剰量をあえて摂取(内部被爆源として)してしまうことは、いろいろな健康障害のリスクをあげてしまうと考えられますので、最初の頃のこの項目の表題の「C14による内部被爆が安全」というのは、誤解を招く表現でした。過剰量摂取は避けるべきだと考えています。

 

念のため、補足の危険性部分を少し追加強調しておくと、(Cs137に比べると、C14やトリチウムは、自然界に存在する量の範囲では、比較的安全と捉えていいと思いますが、それでも)、現行の放射線理論は、「物性」を完全に無視しているという意味では、見落としの多すぎる理論です。C14やトリチウム内部被曝による健康障害への見積もりは、やはり、もう少し、慎重に議論すべきかと思います。以下、Cs137との違いをまず述べ、Cs137の毒性とは異なるのだ、という論点(旧来理論の、シーベルトでの計算から、Cs内部被曝を、C14内部被曝と同じ桁にみなそうと比較論を持ち出す論に対する反論)を述べた後、C14やトリチウムの、危険性に関する再考を記しておきたいと思います。(我々の様な新理論派が、「量の問題だ。気をつけるに越したことはない」というと、旧理論派の方は、すぐに、「危険性の量を見積もると、xxx ミリ・シーベルトとなり、云々、、、(この後には、「だから心配するに足りぬ、、、」と続きます)」という、旧理論に沿ったミリ・シーベルトの計算を始めてしまいますが、そういう計算ではダメですよ、という話を後半にします。つまり、C14やトリチウムは意外に危険ですよ、と言う話です)

そのことを断っておいた上で、まず、第一の論点。Cs137と、C14やトリチウムは同列に述べてはならない、つまり、体内に存在する程度量であれば、C14やトリチウムは、Cs137との比較では、まったく問題にならない、と定量計算できる、という話を、少々論じておきたいと思います。

上記(この記事以前の記事)に延々と議論した、K40とC134/137の違い、これは、生体内分子への結合の強度の差で説明出来る、という議論をしました。つまり、生体内で、唯一カリウムイオンを特異的に認識するカリウムチャネル系の分子ですら、K40に対して、ほぼ抵抗ゼロで「素通し」という、ユルユルの状態であるのに対し、カリウムチャネル(特にKir系チャネル)は、Cs134/137にガチガチにはまり込まれてしまう、という部分で、その挙動にデジタルな差があり、放射性核種崩壊時の、生体分子に与えるインパクトが、大きく異なりうる、というモデルが想定出来る、という議論でした。


この流れでいくと、放射性炭素C14や、トリチウムなどは、有機化合物として、モロに、生体内分子に取り込まれます。生体内有機分子に取り込まれる訳ですから、影響を受けそうな生体内分子としては、タンパク、DNA、RNA、脂質(およびタンパクにおける脂質修飾)、糖類(およびタンパクにおける糖鎖)、、、と、生体内重要分子に枚挙に暇がありません。

当然、炭素原子、水素原子ですから、特にC14の方は、有機化合物のバックボーンとして、ガチガチに、これらの生体内重要分子に取り込まれている訳です。ですから、当然、崩壊時には、上記のCs134/137の崩壊時議論の時と同じように、(単回、単一原子の崩壊でも)その生体分子の破壊が起こると予想されます。崩壊時には、放射線を出すことに加え、元素そのものが変換するわけですから、当然有機分子のバックボーン自体が変化し(C14は崩壊時に窒素原子に、トリチウムはヘリウムに変化します)、共有結合の電子対の一つが、その瞬間に消失し、共有結合が切断されるばかりか、電子対のうちの1つが余ることになり、分子のその部分がラディカル化します。したがって、分子の形状は変わるわけですし、分子構造や機能に甚大な影響が出ることが考えられます。

では、危険なのか?生体に害があるのか?と言えば、「C134/137-Kir系チャネル」の時の議論と違って、(体内にもとから存在する量の程度では)、比較的、影響は少ないだろうと考えられます、ということを、詳しく議論して行ってみたいと思います。

詳しい計算と、図等を用いた解説は、のちほどゆっくりとさせて頂きたいと思いますが、ポイントは、

1.その破壊分子の破壊のされ方が、dominantかrecessive か?
2.ランダムなターゲットかどうか。
3.生体内代謝(例:ユビキチンープロテアソーム系や、バルク分解系としてのオートファジーなど)、QC 機構(小胞体におけるタンパクQC機構など)、修復機構(DNA修復など)
4.量的議論

これらの点を議論することで、特にC14 は、生体内分子のバックボーンにそれこそ「堅く」取り込まれ結合しているにも関わらず、(内在する程度の量では)生体へのインパクトは「Cs137に比べると、比較的少ない」、ということを説明させて頂きたいと思っています。
(詳しくは後ほど)。



K40や、C14やトリチウムなどの、生体内常在の内部被曝源のことを考えるたびに、生体分子というのは、進化の過程で、上手くできているなあ、と感じます。

Kイオンを特異的に認識するカリウムチャネルはすべて、カリウムに対して、素通しでユルユルの状態です。通過時にK40が崩壊しようが何しようが、抵抗はゼロで、全く問題ないでしょう。言ってみれば、敵(K40のことです)から見て、姿が見えない忍者のようなものです。忍術、隠れ身の術ですね。
 
一方、C14なんかは、ガチガチに、生体分子内に共有結合で取り込まれていますから、崩壊時に、生体有機分子の破壊または故障が起こりうるでしょう。しかし、これも無問題。なぜなら、C14が崩壊時に生体分子を故障させても、ほとんどはrecessiveな故障にしか繋がらないと考えられますし、なにより、ターゲットがランダムであり、生体内の他の分子が、全くもって機能をカバーしてくれるからです。忍術で言えば、分身の術と言ったところでしょうか。
イメージ 1
 
 
(忍者画像は「オンラインショッピング忍者衣装」様から拝借改変)
 
例え話などを出し、K40とCs137の本質的な違い、トリチウムやC14とCs137の本質的な違いを論じましたが、第1段目の議論の結論は、次の通りです。安全寄りの方が、 「体内にはもともと、トリチウムもC14も、数十から数千ベクレルもあるじゃないか。今さらCs137を少々摂取したからと言って、何を問題視しているのだ」という反論は、トリチウムやC14の物性を理解していれば、Cs137を危険視する我々の立場への反論になっていない、ということです。
また、K40に関しても似たような「安全説」の議論をしばしば耳にするのですが、こちらも同様。K40とCs137の違いに関しては、このブログのメインテーマですから、そちらをご参照ください。
 
 
 
それでは、後半、第2の論点。では、Cs137の物性に比べると、C14やトリチウムは、比較的安全と捉えることができますが、現行の理論は、厳密な議論を出来ていないのは確実です。その間違いの理由と、どの程度、何に着目して、危険性を正確に再評価すればいいのかを論じておきます。(つまり、C14やトリチウムも、自然界存在量以上の過剰負荷に関しては、現在の見積もりは、過小評価ですよ、意外に危険ですよ、と言う話をします)
 
まず、これは繰り返し述べていることですが、現行の放射線物理学理論、そしてそこに発する、放射線による健康障害理論(xxミリシーベルト云々という理論)は、放射性物質の詳しい物性を切り捨て、出てくる放射線のことしか論じていない、という意味で、誤りです。これは、理論的に誤りと断言して、全く問題のない誤りです。ここは、最初にきちんと認識しておいてください。
 
その上で、まず何を考えなければならないかというと、C14もトリチウムも、体内で代謝されると、生体内有機分子の、構成要素として取り込まれる、という点です。C14は生体有機分子のバックボーンになりますし、トリチウムの水素原子も、それに付随する重要な分子内の場所を構成します。そして、崩壊時には、C14は窒素原子に置きかわり、トリチウムの水素原子は、ヘリウムに置きかわります。つまり、分子内結合がその時点で確実に壊れてしまうわけです。トリチウムのだすβ線が弱い云々、というレベルの話ではなく、物性としては、元素そのものが変換してしまうわけですから、この際に起こる分子の破壊は、100%確実に起こってしまう分子変化です。ここを旧来の放射性理論は見落としてしまい、考慮に入れていない時点で、正しくないと言えます。このブログでは、主にK40とCs137の物性による違いに焦点を当てて議論していますが、旧来放射線理論は、トリチウムとC14の内部被曝に関する論に関しても、修正を加えて行く必要があります。
 
次に、我々が考慮しておかなければならないのは、(1)どのような確率で、C14やトリチウムが、取り込まれ、代謝され、生体内分子に入り込むのか。(2)生体内分子の、どの種類の分子に入り込みやすいのか。(3)入リコむ際には、分子のどの炭素原子、どの水素原子に入り込みやすいのか。(4)それぞれの部位の分子破壊がおきた際、その生命体分子の機能は、どのように破壊されるのか(これの論の一部を持ち出し、予想としては、recessive negativeな壊れ方になるだろう、というのが、前半の趣旨です)。(5)壊れた分子の修復、代謝はどのようになされるか。(6)その修復、代謝を含めた上で、その細胞、ひいては組織・個体に、どの程度の影響見積もりを計算していけばいいのか。
 
などを論じていかなければなりません。徹底的に議論しようとすれば、何人かの、生体分子の生成・代謝に詳しい専門家を巻き込んで、パラメータの算出を行うようなコンソーシアムを作って、学会皆で取り組んでいかなければ、答えの出せない大掛かりな見積もりのし直しということになると思いますが、個人的にできる、いくつかの予想を。
 
おそらくは、DNA以外の生体分子への影響は、ほとんどが、recessive negativeになるでしょうから、ある程度の超過剰量までは、それほど影響は全面化してこないのではないか、と、予想しています。したがって、重要な見積もりし直しは、DNAの分子に対する破壊の程度。なぜDNAに関する傷害の程度だけは、別個に論じる必要があるかというと、DNAの傷害は、場合によっては、最悪の場合、発癌などのリスクに繋がりうるから。
ただし、DNAは、少々破壊されても、DNA修復系という、生命体の保護機能があるので、ある程度までは安心ですが、それも程度の問題です。(しかしながら、そもそも、DNA修復系が100%頼れる安全安心なものなのでされば、旧来の放射線理論の枠組みの中だけで、旧来の放射線理論が得意としてきた、外部被曝の問題だけに関しても、「確率的影響」としての発がんの問題すら、扱う必要はないわけですから)。
DNAは破壊されれば、ある程度のダメージまでは、細胞は、DNA修復機能を働かせて、修復に当たります。DNA配列が100%元どおりに修復されれば、心配事もないのですが、たまに修復エラーが起きることがあります(変異と言います)。もっというと、細胞には、DNA修復機構により修復が得意なDNA傷害パターンと、一方、DNA修復機構を持ってしても完璧には修復しにくい(傷跡が残りやすい)DNA傷害もあります。実は、自然界でも結構、頻繁にこのエラーはおきていて、これが積もり積もって、進化の過程での新種の誕生や、生物進化の原動力の一つになっているとも考えられていますし、日々の我々人間の日常では、このDNA修復エラーが、発がんにも繋がってもいるわけです。ただもちろん、修復エラーの全てが、まずいことになるわけではなく、修復エラーも場所によっては、大筋は、全面に影響の出てこない変異も多いと考えられてます。とは言っても、「DNA修復機構があるから、心配ないじゃん、、、」と切り捨てることなかれ。丁寧に議論していかねばなりません。
 
 
さて、第2段の前置きが長くなりましたが、話はC14とトリチウム
C14などは、生体内有機物質のバックボーンに取り込まれていることが多いので、たとえばDNAなどに関しても、C14崩壊時に、DNAの分子破壊が起こりうるだろうということを、ある程度感覚的に納得いただける方も多いかとは思いますが、トリチウムの場合、水素原子は、DNAのバックボーンにはなり得ず、よくて側鎖の修飾部位などに存在する程度です。そんなところで崩壊を起こしたところで、DNA分子の根本的な破壊などに至るとは考えにくい、と拒否反応を覚える方もおられるかもしれませんね。ところがどっこい、DNA側鎖の末端のH原子ですら、侮ることなかれ、という例をあげておきます。
 
(次の例は、一般の化学の話で、DNAへのH+イオンの出し入れ、ですら、侮ることなかれ、という例で、トリチウムの崩壊時の危険性を話している訳ではありません。念のため)
1980-90年代に、分子生物学実験でよく行われた実験手技なのですが、「脱プリン反応」というものがあります。DNAに塩酸などをまぶしてやると、H+イオンが、DNAのプリン残基の周りにくっつき、それだけで、プリン残基が脱落し、DNA分子は細切れになる、という性質を逆手に取った、実験主義です。H+イオンがまとわりついただけで、最終的にはDNAが切断されてしまうのです。DNAの周りに、少々Hが一ついたりいなかっただけで、大したことになる訳ないじゃん、と、高を括るな、という話の例でしたが、実際のトリチウム崩壊時の変化は、こんなものではなく、DNA分子に与える影響は、もっと激烈です。
 
さて、トリチウム。たとえ側鎖といえども、その場所の水素原子が、ヘリウムに置き換わり、あまつさえ、その側鎖の共有結合が切れてしまう。(たとえば、有機分子に一番多いC-H間の共有結合を例にとると、H-->Heに崩壊した時点で、この共有結合の電子対の1つが、その瞬間消滅するわけです。すると、その瞬間に、炭素原子の電子が1つあまり、共有結合が切れるばかりでなく、ラディカルとなってしまいます。カルボカチオンとも言います)。DNA分子内には、C-H結合以外にも、O-H部位や、N-H部位があります(これらは、後段の、修復機構の段で、もう少し取り扱うことになるかと思いますが)。ともかく、分子内にラディカルを、ある瞬間にいきなり生じさせる、ということは、大変なことで、その瞬間に、その分子内、ないし直近周囲で化学反応が促進します。上段に脱プリン反応を、あくまで一つのたとえ話としてあげましたが、化学反応のレベルとしては、脱プリン反応におけるH+負荷どころの話ではないですよね。その脱プリン反応ですら、DNA鎖の切断に至るわけです。DNAの側鎖の、その末端の、重要でないH原子の一つや二つ、と侮ることなかれ。バカには出来ない変化だと考えられます。
 
最後になりましたが、いくつか議論し残したポイントを。(6)の影響見積もりの部分。このような問題の場合、Cs137の際もそうですが、私は、一番に、過去の動物実験や、ヒトでの調査を洗い直してみる習慣にしています。過去には、例えば、動物実験で、トリチウム水を中長期に渡って実験動物に飲ませた結果を調べた研究などがあります。マウスでの実験の桁としては、だいたい、3e7Bq/L(3千万ベクレル)くらいのトリチウム飲水をさせた際、調べられたパラメータだけでも、tailとしての影響の懸念が見られます。(自然界でのトリチウムの水中存在量は1Bq/L以下)。 ただし、気をつけて置かなければならないのが、(A)マウスの寿命はたかだか2年程度でしかなく、ヒトでの発癌は、だいたい、十年単位で影響が蓄積・進行して行くものが多いとされています。(B)マウスで調べられている健康調査パラメータは、非常に限定的であり、決して、人間の種々の病気を網羅しているとは、お世辞にも言い難い。(C)また、トリチウム水を摂取した際に、体内の有機分子に取り込まれる割合と、すでにタンパク・アミノ酸核酸などにトリチウムが入り込んだ栄養素を摂取する場合では、取り込みの代謝は大きく異なることが予想される。従って、過去の動物実験データで調べられた、トリチウムの安全性に関するデータは、非常に限定的な知見であり、人間の健康への安全性を担保するものとしては適切とは言い難い。
一つの懸念事項として、異論はありますが、トリチウム排出の多い原発や、放射性核処理施設の周辺で、施設稼働後に、健康障害が増えている様に見える、という調査もあり、可能性としては、今後、トリチウム接種による健康障害への影響は、見積もりをし直す必要性も考えられる。
また、動物実験レベルとして、いくらか今後、トリチウムの生体影響に関し、詰め直すことが可能な技術もあります。昨今は、ゲノム全体の配列を解析することが可能になってきました。この方法を用いると、例えば寿命の短いマウスの研究であったとしても、今まで不可能だった、トリチウムの影響の試算のし直しが可能になってきます。例えば、今後、トリチウム摂取をさせたマウスなどで、ゲノムレベルでどのくらい変異が蓄積されるのか、と言うスタディ。そういった試みを、今後はやらなければならないだろうと考えています。
 
そして、(5)のDNA修復について。これは、DNA修復のことを書き始めると、それだけで膨大な量の議論をしなければならなくなってきますが、この場では簡単に。よく、原発事故に絡んで、「DNAがほんのわずかばかり傷ついたところで、そんなものは、日常的に酸化ストレス、紫外線でもたくさん起こっており、日々DNAは修復されているのだから、大丈夫だ」という考え方があります。大筋としてはその意見を否定するつもりはなのですが、DNA傷害には、修復されやすいDNA傷害と、されにくいDNA傷害があります。また、修復のされ方も、変異に繋がりにくい修復のメカニズムと、変異に繋がりやすい修復のされ方があります。
 
例えば、例えば同じ紫外線で起こるDNA傷害の中でも、pyrimidine dimerのあるタイプや、8-oxo-dGと言われるDNA傷害は、修復されにくいとされています。結局、生命は長年進化の過程で、日常的によく経験するタイプの傷害には、上手く対応できるように進化してきているし、そうでない、稀な傷害には、対応が未発達なことも多いわけです。
 
生体が、上手く対処できることのできないDNA傷害、これだけは避けたいDNA障害というのも、いくつか知られています。例えば、double-strandedなDNA障害(ds DNA breakage)と、クロスリンク(inter-strand crosslink, ISCL)。これらは、細胞はあまり上手に対処することができません。これらの障害は、後に傷跡が残りやすいとされていて、もしも、これらの傷跡が残った細胞が、首尾よくapoptosisなどの細胞死で除去されればいいのですが、サバイブしてしまった場合、癌化などの懸念を残すことになります。ただ、dsDNA breakageやICLは、激しい壊れ方なので、反応性に対する要求度も高く、それだけ、頻度の低いイベントです。
 
さて、トリチウムやC14による、共有結合の瞬時の破壊。崩壊時に、分子内に、極めて反応性の高いラディカルを抱えることになります。上記の方に、トリチウム崩壊時のC-H結合の壊れ方の話を出しましたが、その他にも、DNA分子には、N-H結合やO-H結合があり、特に、inter-strandの水素結合に関わる部分に多い。もしも、この辺りでC14やトリチウムが崩壊すれば、極めて反応性の高い分子内ラディカルが、inter-strand部分にできてしまい、分子内で化学結合の変化がおきます。ISCLに関する、大きな懸念事項ですね。自然界で経験する以上のトリチウムや、C14以上に、増やさない方が良いのではないかと判断しています。
たとえば、上記の、トリチウムの影響見積もりに関する、過去のスタディの議論の延長になりますが、細胞実験であれば、細胞をトリチウムラベルした際の、染色体不安定性に関しては、古典的方法での解析をしたスタディはあるにはあるが、いくつかの理由で、再解析の必要があります。過去の、細胞のトリチウムラベル実験では、DNAへの取り込みの影響を考慮するため、トリチウム標識されたヌクレオチドを取り込ませていました。この点は、ある意味、高評価をすることもできます。しかし、過去のそのようなスタディにも問題や見落としがないわけではなく、問題は、そのヌクレオチドの標識部位。例えば、チミジンを標識する場合、側鎖のメチル基を標識されたチミジン、というのが一般的です。しかし、トリチウム崩壊による、DNA変異の危険性を考えた場合、上述の通り、より危険と思われる箇所、比較的安全と思われる箇所が考えられます。上述の、メチル基側鎖のトリチウム標識されたチミジンの場合、たとえDNAに取り込まれても、崩壊時にinter-strand crosslinkに至るとは考えられない。一方で、A, T, C, Gの塩基の、inter-strand水素結合に関わる部位、すなわち、アミン基の水素原子がトリチウムで置き換えられた場合、崩壊時に水素原子をヘリウムとして喪失し、窒素原子がカチオン化し、容易にinter-strand crosslinkを生じることになります。このあたりの定量考察や実験を行なった研究者は、未だかつて、寡聞にして知りません。今後の課題の一つでしょう。また、一つは、DNAや染色体の変異の検出は、現代的な方法では、かつての古典的方法よりも、桁違いに検出感度が上昇しています。過去の実験での変異検出の感度不足の可能せいを考え、再度実験しておく価値はあると思われます。
 
このように、 DNAへの影響だけを取ってみても、きちんと影響を計算し直せば、旧来理論は、やはり、C14やトリチウムによる内部被曝影響に関しても、厳密に議論を修正して行く必要があると考えています。
 
 
もう一度念を押しておきますが、トリチウムやC14が、DNA分子の中に、構成元素(構成原子)として、取り込まれている場合には、その崩壊時に起こす分子変化は、100%の確率でおきます。「トリチウムの出すβ線は弱い云々」というレベルの話ではありません。
 
トリチウムやC14を過剰摂取した場合、どのくらいの割合で、DNA(など)に取り込まれるのか、その取り込まれる部位は?など、多くの未知のパラメータがあります。トリチウムやC14の影響が、Cs137に比べると、recessiveであるであろうこと、そして、DNAに関しても、修復機構が備わっていることなどを考えると、Cs137のように、微量で問題が起きる可能性は低いだろうと思っていますが、総合的に、DNAへの影響を見つめ直すには、厳密な、深い議論を重ねていかねばなりません。まだまだ、この分野は、未踏の放射線医学分野。今後、新しく、いろんな議論をしていかねばなりません。
 
 
 
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(追加注釈と余談)
あくまで逸話的な余談になりますが、昔、岡崎令治さんという有名な分子生物学者がおられました。広島ご出身の彼の、「岡崎フラグメント」の発見は、細胞のDNA複製に関する当時の理論上の矛盾点と最大の謎を解決する、分子生物学上の金字塔で、教科書にも載っている大きな発見です。残念ながら、岡崎令治さんは、44歳という若さで、慢性骨髄性白血病で夭折されてしまいました。
岡崎令治さんの白血病は、広島の原爆で、「黒い雨」を浴びてしまったことが原因、という風に解釈する声が多いようです。ご本人も生前から、入市被曝のことを念頭に、自分はいずれ白血病で、、、と思っておられたような記載を、何かの記事で読んだことがあります。
 
ところで、岡崎フラグメントの発見もそうなのですが、当時の分子生物学実験で、細胞のDNAをラベルする際、大量のC14やトリチウムでDNAをラベルするのがひとつの重要な実験手技でした。上記のように、これらの放射性同位体は、DNAなどの生体分子に取り込まれますから、大量に細胞に入れてやると、都合よくDNAなどをラベルして可視化してやることができるのです。しかし、同時に、DNAも放射性物質により、変性・変異・断裂してしまいます。超大量にC14やトリチウムを用いる、あわただしく難しい実験、そういうものを激務の中こなしていくわけです。不慮の事故が起こらぬよう、岡崎さんも、学生さんには、これらの危険な実験は回避させていたそうです。
 
研究になじみの無い方にちょっと目安を書いておきますが、ほんのちょっと、ピペットの先に吸った微量の試薬で、簡単にギガベクレル、とかそういう単位です。自然界や日常の放射線源としてのC14やトリチウムでは起こり得なくても、実験の上では、簡単に、「超大量」の放射性物質による、不慮の事故、というのは起こりうるわけです。(私も若い頃、ほかの実験で経験があるのですが、ピペットで、実験の試薬を取り分ける際にも、ピペットの端を、口で吸引しながら、液体を取り分けることも、昔は珍しくは無い風景でした。今では考えられないほどの緩い安全管理ですが。
 
原爆に絡んだ被曝のことから、放射性物質の危険性を人一倍よく認識されておられた岡崎さん。若い人たちのために、放射性物質取り扱いの際の安全性に腐心されておられた、その心遣いを想像するに、岡崎さんの人柄が偲ばれます。
 
体内にもとから存在する程度の量なら全く問題ないが、間違って、大量に摂取してしまっては危険、ということです。
 
 
 
(4/10/2016): 誤解を招きかねない表現となっていたかもしれませんので、「追加注釈」を補足させていただきました。
(4/19/2021): 以前の補足訂正以後も、「安全より」と誤解されかねない印象が残っていたので、さらに追加補足させていただきました。まだ補足追加中です。
2021年4月の時点で、原発事故後の処理の際に生じる、汚染水を処理した、処理水を、海洋放出する方針が政府決定されたとの報を耳にしました。トリチウム以外の残存核種の問題や、高度処理された処理水と、実際の大半のタンクの貯蔵処理水の違いがどの程度なのか、など、いくつもの問題があるので、このブログでは、論じ切れませんが、トリチウムだけを取って見ても、現行の放射線理論による健康障害への見積もりは、未想定部分があり、不確定要素が残ります。今後、新しい理解に基づいて、より広く、より注意深い議論が必要になってくる可能性があるかと思います。
(9/5/2023):日本政府が、「処理水」の海洋放出を強行したと言うニュースを聞き、改めて問題視しています。社会的意味では、難しい問題なのは理解していますが、多くの懸念事項を残したままの強行で、モニタリングなどの方法にも大きな問題がいくつも存在すると認識しています。私のこの項目の議論は、冒頭の注意書きで述べさせていただいたように、Cs137の危険性を主張する我々に対する反論として、自然放射線源であるトリチウムやC14の例を持ち出す方への、「反論の反論」として書き始めた経緯があったため、言葉のニュアンスとして、あたかも「トリチウムが安全」と取られかねない表現がありました。自然界に存在する量程度では、と言う意図だったのですが、誤解を招きかねない表現を、さらに修正しました。別途トリチウムの危険性に関し、議論をまとめた記事を執筆する予定です。その項目では、大変難しい問題ですが、トリチウムの生体濃縮の存否も議論して見たいと考えています。
 

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