内部被曝を考察するブログ

https://www.youtube.com/watch?v=VgbgU16FZKM パリコミューンの季節ですね。平和とはなんなんなのだろう。戦いとはなんなんだろう。犠牲とはなんなんだろう。締め切りが一つ終わりましたが、また2週間後に大きな締め切りと、同時に学会発表を控えています。私の戦いの季節です。皆様ご健康で良い週末を。

Kイオンの流れに関しての補足事項

11/8/2015執筆、12/24/2019 Yahoo Blogより移行公開

 

当理論で、少し詳しい説明を省いている箇所がいくつかあります。その一つが、Kイオンの流れの向きに関する補足事項です。当理論では、Kir2.1などの高コンダクタンス・フォーム(たくさん電流を流す類のチャネル)が、Cs137崩壊時にopen固定された際、整流機能を持ち、これが、心筋の脱分極・再分極の、ある相では、KvLQT1 (KCNQ1)のような低コンダクタンスチャネルによるK電流と拮抗する、というのを、一つの症状の顕在化の説明として挙げています。大雑把な理解としては、従来の説明で良いかと思いますが、ここでは、より詳細なメカニズムの検討を行いたいと思います。

 

別項で論じたように、Kir2.1は、Nav1.5と、誕生から墓場まで、常に行動をともにしている、ちょっと変わったKチャネルです。これは、(1) Kイオン、Naイオンが、そのチャネロソーム(Kir2.1+Nav1.5複合体)の局所付近では、お互いのイオンの流れに影響を与え合う、そして(2) Kir2.1, Nav1.5の開閉制御が、お互いの陽イオン流入などによっても制御される、という可能性を示唆しています。(注:2000年代以前の電気生理学の実験では、KirチャネルによるK電流のことを調べるために、系を単純化するため、人為的に細胞内外のNa濃度差をゼロにし、Na電流が測定系に影響を与え無いように条件を固定してから測定する実験ばかりでしたので、vivoでの(生体内の)忠実な環境を反映した測定条件ではなく、Nav1.5とKir2.1の共挙動の意味を洞察する生理学実験というのは存在しませんでした。)

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さて、今、仮に、Nav1.5が開き、Naイオンが流入を始めたとしましょう。細胞内外のNa イオンの濃度さは大変大きいので、勢い良く(ここが重要)、Naイオンが細胞内に流れ込んできます。

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Naイオンの流入の勢いが強いので、細胞内では、同じ陽イオンのKイオンは、Naとともに、チャネロソームの 局所からは、拡散していきます。Naイオンの勢いによって、洗い流されていくようなイメージを考えてください。

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そして、Na流入は、大変に勢いが強いので、チャネロソーム局所付近の細胞内Kイオン濃度は、一過性に、ほとんどゼロとなります。つまり、本来は、細胞内外のKイオンの濃度比は、細胞内>細胞外ですが、この関係が、局所的に逆転します

もしも、仮に、この時、Kir2.1が、閉じていなかったとしたら、どうなるでしょうか?Kir2.1の多くは、内向きの整流機能を持つ、チャネルですが、Kir2.1が整流機能を持とうが持つまいが、もしもKir2.1が閉じていなかったら、この瞬間には、このチャネロソーム局所においては、細胞外から細胞内へと、Kイオンが流入してしまいます。これが、(1) Kir2.1も、しっかりと開閉制御を持っていないと、心臓の生理機能的に、大変な事態に陥ってしまうと考えられる所以で、かつての「Kir2.1はリーキーチャネルだ」と言われていた時代の古い理解が問題である一つの所以であり、(2) 当理論でCs137崩壊に伴い、Kir2.1がオープン固定されると、KvLQT1などと拮抗する働きをもつ、という話の、詳細なメカニズムです。

 

(1) について、実際、Kir2.1のタンパク分子の3次元構造が解明された後になって、構造をよく見ると、きちんと開閉構造はすべて保存されており、細胞膜でのPIP2などとの結合で開閉調節を受けることは、確立している。この、PIP2と、開ラッチ、閉ラッチのアミノ酸残基との結合は、まさに、1価の陽イオンの局所濃度に影響を受けることは、解離定数から明らかなので、やはり、すべての予測は、理にかなっており、Nav1.5からの一過性Na流入により、Kir2.1が、閉じる、というのが、実際の心臓の生理機能上、phase0(そしてその後の再分極期)などの流入期に、重要なのだと考察される。

 

ところで、この、Nav1.5とKir2.1の関係、皆さんが小学校の時に、よく見ていた、ある道具と大変良く似ているのです。水流ポンプ(アスピレーター)、というのを理科の実験で使ったのを、覚えておられますでしょうか?水道のじゃ口につなぎ、勢い良く水を流すと、水の勢いとともに、真空ポンプとして機能してくれる、という道具で、下図のような外見をしています。

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この道具、幾つかの特徴的な構造をしています。(i) まず、水の流れ(A-->B)は、絶対に、空気の吸い出し口(図のC)の方には、流れていかない。(ii) 水の勢いが、勢い良くなるような工夫がされている(ベンチュリ効果)。

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(iii)市販の、一般向けのアスピレーターでは、空気吸い出し口に、逆流防止弁が付いていることが多い。

 

さて、これらの、構造的特徴を、当理論のKir2.1とNav1.5の関係性に当てはめて考えてみましょう。Nav1.5の流れが、水の流れに相当し、吸い出される空気はKイオンということです。

 

(i) Naイオンは、絶対に、Kirチャネルを通って逆流しない。これは、その通りです。そもそも、Kチャネルというのは、Naイオンを絶対に通さないように設計されているわけですから。

(ii) Naイオンの流れは、大変に勢いが良い。Nav1.5がオンの時には、その通りです。この「勢い」が大事なのは、まさに水流ポンプと同じです。

(iii) 正常時のKir2.1は、上記のように、Naイオン流入によって、閉状態になると考えられますから、(iii)に関しては、正常の心筋細胞であれば考えなくて良いのですが、当理論の扱う、Cs137崩壊時にオープン固定されてしまったKir2.1に関しては、まさに、この水流ポウンプと同じことになります。オープン固定Kir2.1は、がっつりオープン型の構造になると予測できますから、Mgなどの整流因子も、整流弁の箇所に、良好にアクセスできるフォームとなり、しっかりと整流機能を持つ、高コンダクタンス型の、オープン・フォームをとると考えられます。したがって、オープン固定されたKir2.1は、Nav1.5とともに、水流ポンプのような働きで、その他のK電流と拮抗する、と考えられます。

 

また、細かい話にはなりますが、Nav1.5が勢い良く流れるのは、phase 0(脱分極期)に限った話ではありません。その後、再分極期にも、Nav1.5を介したNa電流は、ちょろちょろと流れることがわかっています。ここで注意しなければならないのは、この、ちょろちょろ期に、INa電流が、わずかだからと言って、個々のチャネルとしてのNav1.5の電流に勢いがないわけではありません。そもそも、INaの大小の議論は、INa総量としての大小という議論のレベルであって、一個一個のチャネルの勢いの話ではないからです。つまり、開確率としては低下するが、一旦Nav1.5が開いた際には、その瞬間、その1個のチャネルを流れるNa電流は、相変わらず、勢いが強いと考えられます。したがって、結局、Kir2.1は常にNav1.5と行動をともにしているわけですから、再分極の中盤までは(おそらくphase 1-2乃至3の初期)にも、オープン固定Kirに限っては、この水流ポンプの事象を考察しなければならない。

 

 

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オープンKirの代謝と半減期

11/1/2015執筆、12/24/2019 Yahoo Blogより移行公開

 

以前、知人から次のような誤解があるとの指摘をいただきました。

  

<<先入観に基づいた批判意見2>>「オープン固定されたKirだって、すぐに代謝されて、消えて無くなるよ。"壊れてる"んだし、きっとすぐに処理されるはず。やっぱり、たとえKirがオープン破壊されたとしても、そんな微量なKirで、有意な異常に繋がるわけがない」

 

ここで、私が強調しておきたいのは、「オープン固定されたKirは「異物」ではない」という点です。別項で論じた通り、Cs13崩壊時にオープン固定されるKirというのは、Kirが普段取りうる立体構造のうち、「オープン型」に固定されているだけだ、ということを想定しています。したがって、よその細胞(たとえば免疫細胞)などからみて、異物(異常抗原性)として認識されるわけではありません。また、細胞自身の側からみた、タンパク品質管理メカニズムからみても、あくまで、正常の立体構造のうちの一つに固定されているだけで、「ボロカスに壊れ」て、ぐじゃぐじゃになってしまっているわけではないと考えられますので、タンパク代謝機構(品質管理機構)が早急に処理に当たるということにもならないと考察しています。

 

では、次に論じておかねばならないのが、オープン固定されたKirのタンパク半減期はどのくらい長いのか?」という論点です。Kirの半減期も、ある程度のデータはあり、細胞実験では数時間から数日程度、というデータが出ていたはずです。

 

実は、ここで、最先端の医学でも、まだわかっていない、しかし、大変興味深いテーマが残されています。

 

タンパクの半減期というのは、それほど単純明快な、固定されたものではなく、ダイナミックに、半減期も、細胞の状況と必要性に応じて変化することがわかりつつあります。

 

例えば、骨格筋を運動させるときに重要な役割を果たす、アセチルコリン受容体(AChRと略す。イオンチャネルでもある)。この代謝経路や代謝スピードは近年、よく調べられているのですが、人為的な実験(培養細胞に人工的にアセチルコリン受容体を発現させる場合)と、ナチュラルな実験(動物の体の中の自然な状態)では、全く代謝のスピードが違います。

 

この手の、チャネルや受容体などの代謝スピードを考察する際には、なるべく、自然の、生体内の環境に近いツールと実験系を使わなければならない、とされる所以です。

 

さて、動物の体内でのAChRの代謝スピードを調べた、いくつかの画期的な論文があります。たとえば1990年代後半に、Jeff Lichtmanたちのグループが行った実験では、AChRの非活動時には、AChRの代謝は比較的早い(半減期:17.5時間から2.7日。条件により変わる)。また、強制的に完全ブロックするとさらに代謝が早くなる(半減期13時間)。一方、AChRが活動中には、その代謝は極めてゆっくりになり、数時間の実験中には、代謝はゼロと、完全にAChRの分解が抑えられることが分かりました。

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図:半減期がダイナミックに変化するタンパクの例として、アセチルコリン受容体の、生体内、神経筋接合部での、実際の実験データを基にした概念図を示しています。赤色の濃い神経筋接合部(プレッツェルのような形)が、スタート時のアセチルコリン受容体が多い状態。時間とともに、代謝され、色が薄く(スタート時のものが減少して行っている)なっていく様がわかります。一方、筋肉を活動させ続けると、この代謝が完全に阻害されます。

 

考えてみれば、生体分子の代謝というのは、実に理にかなった方法で制御されているという良い一例かと思います。必要なければ、どんどん処理して減らしていく(ちょっと前に流行った、「断捨離」というやつですね)。一方、必要があるものはキープする

 

面白い関係ですよね。つまり、イオンチャネル関係や神経伝達物質受容体に限って言えば、使っていればいるほど、活動度型かかれば高いほど、半減期が圧倒的に長くなるのです。

 

これは、サッカーの試合にたとえてみると、わかりやすいかもしれません。

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図:サッカー選手の交代のシーン。選手の交代は、サッカーの試合の中で、重要な戦略です。しかし、変えようと予定していた選手が、連続ゴールを決め、活躍し続けてしまうと、監督の気持ちがぐらつき、その選手を、引っ込めるのをやめてしまう関係に似ていますね。(図の引用:IllustAC, acworksさんより)

イオンチャネルもこれと同じで、さあ、もう選手を引っ込めよう、もう引っ込めようと監督が思っていても、そのチャネルが活躍し続けると、引っ込めるタイミングを逸してしまうのです。細胞にも、選手交代を告げる監督のような役者がいて、品質管理を行っています。ユビキチン・チンリガーゼという酵素を介した、選択的オートファジーという機構などが、その役割を担っていることが分かっています。そのステップのために、ここで大事なのは、不要のAChRに、「不要」というタグを貼るステップ。ユビキチン修飾、と言います。

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図:廃品回収で、不要タグを貼っておくと、回収車で持って行ってくれる、という関係性にも似ていますね。(引用:無料素材「ワンばく」より)

 

では、この、ユビキチン修飾。どういったメカニズムで、AChRのどの部位でおこっているのでしょうか?

AChRのユビキチン修飾部位は、現在進行形で研究されつつある分野で、特に、AChR-α1(数あるAChRの中で、前述の神経筋接合部に重要なタイプ)に関しては、私の知る限り、まだ確固としたデータの出ていない分野です。ここでは、出来うる範囲での、現在言えることからの考察を書いてみたいと思います。

 

ユビキチン修飾部位の推測は、ある程度のルールに従って行われます。まず、ユビキチン修飾は必ず、リシン(K)というアミノ酸残基の部分で起こること。そして、その前後の配列にも、ある程度のルールがあるのですが、AChR-α1の場合、77K, 413K, 418KなどのK残基が候補に上がってきます。特に、後2者は、TM3とTM4の間の細胞内部位、AChRの活性化に伴い、分子内に埋もれていくと予測される部分にあります。もちろん、これらは全て、予測という段階でしかありませんが、もしも、AChRの、活性型、非活性型のタンパク代謝のスピードが、著名に異なる理由が、ユビキチン修飾の際の、K残基へのアクセスしやすさ、という面で語ることができるなら、神経伝達物質受容体(およびチャネル)の、3次元構造の変化そのものが、その分子の代謝のスピードに大きな影響を与えている、という有力な考え方となるのではないかと思います。

 

その他の神経伝達物質受容体、NMDRなども、活性・非活性により、代謝が大きく変わることが解明されつつあり、チャネル分子や神経伝達物質受容体においては、どうやら、その活動度が、代謝のスピードを大きく変えている、というのが、一つの法則なのだと考察できます。

 

では、Kirで、この、タグの修飾部位がわかっているのかどうなのか?じつは残念ながら、ある程度の候補まではわかっているのですが、最終的な決定はまだされていません。そこで再び、ユビキチン修飾部位の予測を、コンピューター解析で行いますと、64K, 284Kが有力な候補としてあげられます。この内前者は、IF helixからouter helixに至るあたり。ここは、細胞膜のPIP2結合部位の直近であり、まさに、Kir2.1の開閉で、構造も、accessibilityも大きく変わる箇所です。Kirもやはり、open 形状、closed形状の状態により、代謝が大きく異なってくる、というメカニズムの蓋然性を裏付ける知見だと考えています。

 

当理論では、Kir2.1が、Cs137崩壊時に、openの形に固定される、というのが、理論の根幹です。ここで議論したように、open化に伴い、ユビキチン修飾部位のaccessibilityが阻害されれば、代謝は阻害されることになり、dominant positiveなKir2.1が組織内に蓄積し、症状の顕在化へと繋がっていくことが考えられます。

 

 

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オープン固定Kirの出来方

11/19/2015執筆、12/23/2019 Yahoo Blogより移行公開

 

このブログの理論の根幹をなしているのが、「Kirに放射性Csがはまり込んだところで崩壊を起こしたら、オープンの形で壊れる」というテーマです。「オープンの形に固定される」という表現もしてきました。この仮説を元に、理論全体を作り上げています。

 

この項では、一体全体、どうやって、そんな風に、狙い通りに、Cs崩壊時に伴って、Kirの構造変化が起きると考えられるのか、ということを説明いたします。

 

この議論に入る前に、そもそも、Kirは、もともとオープンな状態しかとらないのではないか?という誤解に関しては、別項にて議論しました。昨今は、以前の通念が覆り、Kirも、厳密な開閉の制御を受けている、という認識に変わりつつある、時代の過渡期にあたります。

 

では、そのことを踏まえた上で、おそらく、誰もが感じるであろう疑問というのが、セシウム崩壊時に、「そんなに都合よく、オープンの形に壊れるのか?」という点だと思います。グシャグシャに壊れて、元も子もないようなボロカスになるんじゃないのか?など、いろいろな意見があるかと思います。

 

この点をきちんと考察するための条件が、放射性セシウムが崩壊した時に起こる、「配位座の変化」あるいは「配位強度の変化」です。

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(注)Conway, 1981よりデータを借用、図を改変。囲い込みのCs+イオンの水和は概念図であり、水和数や実際の原子核半径の比率等は不正確である。また、水和半径も、分子運動や確率的に変化するので平均値で図示している。

この図、教科書から撮った図を改変したものですが、一見して、なにか気がつくことはありませんか?大体、原子量の大きな原子の方が、(水和水も含めた時の)イオン半径は大きくなるのかと思いきや、全然そうでもない、というのがまず第1点(イオンが身にまとった水分子のことを、水和水と言います。水和水が、陽イオンに配位している、とも言います)。むしろ、大雑把には、逆に、原子量の大きい原子の方が、含水和水イオン半径が小さくなっているという傾向がある。もう一点は、1価のイオン(K+, Na+, Cs+など)と、2価のイオン(Mg2+, Ca2+, Ba2+など)と、異なる別々の関係性で、イオン半径が決まっていそうだ、という点。上のグラフで、大雑把に、2つの曲線に関係性が集約されている、ということです。これらの関係性は何を表しているかというと、一つには、配位強度が水和水イオン半径に重要、また、1価のイオンは、相対的には裸のままイオンを形成したがるのに対して、2価のイオンは、(より多くの)水和水を身にまとった方がハッピー、という挙動の違いなどなど。なぜかというと、2価のイオンは、それだけ、原子核のプラスのチャージが強く、近傍にあるマイナスのチャージを強く引き寄せる傾向があるから。周囲にあるマイナスのチャージといえば、水分子です。こうして、大体、2価のイオンは、6-8個くらいの水分子を身に纏いたがります。2価のイオンは、1価のイオンに比べて、「配位強度が強い」という性質を持ちます。これは、NaCl, KCl, CsClなどの塩は、水和水を通常は含まないのに対し、MgCl2, BaCl2, CaCl2, SrCl2などは、複数の水和水を含む塩を形成しやすい、という、化学の基本を思い出していただいても、納得されることかと思います。

 

この傾向を、よく覚えておいてください。当理論にとって大事なことで、後々の反応論の際に、必要になってきます。

 

(相対的に、という意味ですが、)

Cs+=単体イオンでもハッピー

Ba2+=6-8水和イオンの方がハッピー

 

余談になりますが、NaチャネルやKチャネルなど、1価の陽イオンのチャネルの、イオン選択部(NaチャネルならNaイオン、KチャネルならKイオン、という具合に、特異性を決めるフィルタ)の内径は、各種イオンのイオン半径に厳密にfitするよう設計されている構造です。これは、Naイオン、Kイオンなど1価の陽イオンの配位強度がそれほど強くなく、容易に水和水を脱ぎ着できるためです。一価の陽イオンは、イオンチャネルに入る時に、水和水を脱ぎ捨てるわけです。一方、2価の陽イオン用のCaチャネルやMgトランスポーターなどは、CaイオンやMgイオンに水和水が水和した、水和半径が重要になります。Kirチャネル内にも、整流機構としてのMgイオン結合部がありますが、同様の仕組みでMgを保持します。これは、2価の陽イオンは、水和水をそれほど簡単には脱ぎ着できない、という性質と関係しています。Caチャネルが同族のSrイオンなどを比較的よく通すのも、この辺りのこと、つまりサイズ選択の緩さの問題などが関係しているのでしょうね。

 

さて、本題に戻ります。次に議論をするのは、Kirチャネルの、どの部分にCsイオンは嵌り込むのか、というテーマです。実は、ある程度、詳しいことは既に解析されていて、165Ser, 141Thrなどのアミノ酸残基のネガティブ・チャージを(おそらくは-OHの部分のチャージを水和水のように)認識して、嵌り込むことがわかっています。

 

このうち、当理論の本項で議論するのは165Serについて。この、165Serというアミノ酸残基の場所というのは、非常に重要な場所にあります。具体的には、イオン選択部のフィルターから、少し細胞内方向に降りた箇所、開閉動作のための蝶番の役割を果たすGly(2つあるうちに上流側)の直近にあります。そして、この蝶番構造のGlyを挟んで、alpha-helixが約1ターンをした箇所に、Cysがあります(この関係性が極めて重要)。

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図:Kirのα-helix部、特にfilter部や、ヒンジ部を中心にアミノ酸配列を示した。Cs結合部は165Serとされている。この165Serと、ヒンジ部168G, 169Cys, 172Aspの位置関係に注目。

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(1) もう一度、前期の情報をまとめます。Ser165という、ヒンジ部の直近のSerの-OH器が、Cs137に配位している。

(2) Cs137が崩壊し、Ba137になった途端、配位強度が強くなり、Baイオンが水和水を身に纏いたがるようになる。つまり、-OH基は、一気にBaイオンに引き寄せられる。おそらく、Ser側から引きちぎられ、周囲のHと反応し、水分子になる(脱水反応)。この時、Hを供給するのは、すぐ近傍のCysのSH基が有力な候補。スルフィド結合により、分子内macrocyclizationを起こす。この時、Baイオンは、錯体中心として、活性化されたSer残基とCysのSH基が効率よく出会うのを助け、触媒的に、働くと解釈される。

(あるいは、最終的には同じだが、一旦、Serから-OHが奪われ、α位とβ位の間で二重結合を形成し、それが近傍の-SHからHを奪い、スルフィド結合になるという反応経路も考えられる)

(3) Cs137の崩壊時のエネルギーのうち、幾分かが、この、化学反応のエネルギーに供される。可能性としては、ベータ崩壊の時よりも、むしろ、その後のγ線放出に際してのエネルギーの一部が利用されることになるのではないか(メスバウアー類似のエネルギー転移)。(注:ただし、β崩壊の際の放出電子が意味がないわけではないのかもしれない。何と言っても、触媒作用、化学反応は、物質の中の「電子の動き」である。「はぐれもの電子(=β線)」が、いま、その反応の場から、勢いよく飛び出よう、というその動向が、触媒のトリガーを引いていないなどとは、誰が断言できようか。とにかく、原子核崩壊時における触媒としての働き、これは、すべてが未知数の新しい分野なのだから)

  

予想される反応式

165Ser-OH --> 165Ser* +H2O (*α位とβ位の炭素の間に二重結合)

165Ser* + 169Cys-SH --> 165Ser-S-169Cys

 

ここまでは、化学反応の予想です。

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図:Cs/Baイオンに配位した165Serのアミノ酸残基の-OH基や、そのcounterpartとなるであろう169Cys、そして崩壊時に予想される化学反応

 

さて、次に議論するのは、その化学構造変化の結果、Kirのヒンジ部に、どのような変化が起こるのか、です。

Cysが、Serに引き寄せられるわけですから、

(i) upper ヒンジの部分が、上向きに折れ曲がる。

(ii) 同時に、alpha helixは、この部分で、約25度、上から見て反時計回り(下から見て時計回り)に回転する。(alpha helixは約3.5アミノ酸で1turnなので、SerとCysは、helix 1 turn分より、360/7度離れている。これが、互いに真ん中に比企寄せられるので、Cys以下のhelixは、360/14=約25度ほど回転する、と予想できる)。

(iii) 整流機能のためのMg結合部である172Asp(D)などは、離れているので影響を受けない。しかも、「ガッツリ開き型」になるので、Mgは嵌頓しやすくなり、整流機能をしっかりと持った、高コンダクタンス・タイプのopen-Kirとなる。(生理的条件下でのKirには、整流機能の良い高コンダクタンスのもの、整流機能を欠いているものの2グループに分かれる。これは、Kirの開き方がしっかりしているか、しょぼいかによって分かれると、個人的には理解している。PIP2結合部が、ちゃんとPIP2に結合するのか、その他のリン脂質(PPAなど)に中途半端に結合するのかによるのではないかと、個人的には理解している)。

(iv) 同様に、Kチャネルの特徴的配列であるイオン選択部(filter)も、影響は受けず、Kチャネルとして働き続ける。

 

実は、これらの変化、まさに、Kirチャネルが、close-->openにとる時と、ほぼ同じ、上方への折れ曲がりと、alpha helixの回転角度なのです。(下図引用:)

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図:KirBacの、チャネルオープンに伴う、α-helixのGlyでの折れ曲がりと回転。Cs崩壊時に起こる、Kirの構造変化では、分子内maclocyclizationの結果、これと全く同じ変化が起こる。

ここまでのまとめ:

Cs137崩壊時の配位座の変化、配位強度の変化のため、Kir2.1内のCs嵌頓部位で、Cs/Baを錯体中心とした、化学触媒作用位よる、化学反応が起きる。165Serと169Cysの間で脱水結合が起こり、macrocyclizationが起こる。その結果、Kir2.1は、開閉動作と全く同じ3次元構造変化をし、オープンの状態に固定される。この際のopen角度は、「しっかりオープン」の形状を取り、Mgによる整流機能結合部位へのアクセスは良好なフォームとなり、整流機能を保つ高コンダクタンス型オープン形状となる、と推定される。

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図:Kirの整流機能について。整流機構としてのMgイオンなどの「栓」が該当部位へのアクセスのしやすさと、Kirの開き方の関係性は、ラムネの瓶の栓、瓶の傾け方の関係に准えることができる

 

<<GFPの分子内脱水結合反応などとの類似>>

下村脩先生が、緑色傾向タンパクを1960年代にオワンクラゲの中からみつけられ、このGFPは、いまや、医学生物学のありとあらゆる分野になくてはならない大事なツールとなりました。医学者でもきちんと認識しておられない、方も時々おられるかもしれませんが、下村先生の初期の貢献は、GFPを発見したばかりではなく、その蛍光核の構造をいち早く予測されておられたという点にもあります。この予測が極めて正しかったからこそ、その後、GFPの立体構造を決定する際の大きなヒントにもなり、GFPが蛍光を発する時に、自己脱水結合と酸化反応だけで十分であり、ほかに基質や酵素の助けが必要ないのだ、という、理想的な蛍光ツールとしての条件を満たすことが分かり、PrasherやChalfieらが、実際にこのGFPを使ってみようと言う、大きなモチベーションへとつながった訳です。

 

では、その、「自己脱水結合」は、どんな風に反応が行われているのでしょうか。タンパクの立体構造で見てみましょう。

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図:GFPの自己分子内脱水結合

今回議論しているKirの、自己分子内脱水結合というのは、これとある意味似た、自己分子内アミノ酸残基の反応です。

タンパクの中の、アミノ酸同士の、自己脱水結合のような反応というのは、決して稀なイベントではなく、生体内で普通に行われていることでもあります。

 

また、製薬の分野では日常的に行われている化学反応の一つで、cyclosporin Aなどは、やはり、自己分子内macrocyclizationの化学反応を経て合成されます。

  

最後にまとめ:

配位座の変化が、生体分子に影響を及ぼすためには、(1)生体分子の中で固定、(2)隣接した配位子(アミノ酸残基)と金属錯体構造をとる、(3)放射性元素崩壊時に、配位座・配位強度が変化する。この3点です。

 

いずれも、古典的放射線理論が、見逃していたパラメーターで、当然、「物質としての放射性元素」の挙動を考えた時、先入観のない目で放射性セシウムイオンの挙動を見つめた時、誰もが考えなければならないポイントなのではないでしょうか?

 

もういちど書きます。固定、隣接、配位座の変化。これが、物質の挙動として大事なのだ、というのが当理論の一番の本質です。つまり、固定のために、エネルギー伝達が効率良く行われる。固定・隣接のために、触媒として働きうる。配位座の変化により、特定の化学反応を促進しうる。

 

  

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”リーキー・チャネル”という誤解

11/19/2015執筆、12/20/2019 Yahoo Blogより移行公開

 

以前、知人から、次のような誤解があるという指摘を受けました。

 

(先入観1)Kirは、カリウムチャネルの中でも、もともと恒常的にオープンと言われていて、他の電位依存性の開閉スイッチを備えているKv系チャネルとはそもそも構造も違う。もともとオープンと言われているのに、放射性セシウムがこれを「オープンに壊す」とは笑止。Kirの基本を知らないのだろう。

 

どういう意味なのか、さっぱりお分かりにならない方も多いかと思いますので、かいつまんで解説させていただきます。

 

一般的なKチャネルというのは、細胞膜にある生体分子の一つで、そのチャネルが開いたり、閉じたりを繰り返すことにより、細胞内外にKイオンを通過させ、細胞内外のKイオン濃度を調節する働きを持っています(この場合、開閉の確率は、細胞の置かれている生理条件により厳密にコントロールされています)。

 

実は、Kチャネル一般の構造や開閉機構が分かっていなかった、少し前の教科書には、「Kirチャネルは、もともと開きっぱなしのチャネルなのだ(恒常的活性型)」という表記がされていることもありました。そして、たしかに、今でも、Kir2.1は、「constituively active」(恒常的活性型)のカリウムチャネルと呼ばれることがあります。これはどういうことかというと、その他の多くののKチャネルと違って、主たるKir2.1などは、生理学的条件(生体内の自然な開閉制御の文脈において)では、gating(チャネル自身の構造上の変化による開閉の制御)の調節を受けない。かわりに、Mgやポリアミンなどの「栓」がブロッグしたり、ブロック解除になったりで、開通・非開通が制御されているのだ、という理解です。

主には、1990年代の、ポリアミンによるブロッキングのデータから、このような理解に至ってきたと認識しています。また、心室心筋細胞などでは、静止膜電位はKir2.1の開口時平衡膜電位とほぼ一致し、静止期にはKirが常に開いていることが観察されることなども、この説を後押しすることになりました。2010年ごろまでは、まだこの説を大々的に主流雑誌に掲載されてきたと思います。

 

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図:Kirチャネルがリーキー・チャネルと言われるに至った経緯と、反論など

また、その学説を示唆するように、Kirチャネルは特徴的な構造をしています。典型的な開閉機構を持つKチャネル(voltage gated K channels)は6回膜貫通構造(6TM)をしています。このうちの、S1-S4の4つの膜貫通部を使って、細胞膜内外の電位差を感知し、Kチャネルの開閉へとつなげています(下図)。

ところが一方のKirチャネルは、この、電位差感受性センサー部であるS1-S4を欠いていて、たったの2回膜貫通構造しかない、というシンプルな構造をしているのです。ここからまず、昔の人たちは、「Kirはやはり膜電位差を感受できないのだ」と結論しました。

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(図):Kv系チャネルの構造の模式図(断面図) 注:Kチャネル複合体は、4両体をなしている(四つの分子が寄り集まって、ひとつのチャネルを作っている)、ここでの断面図は、便宜上、4つのうち、左右の2つのユニットだけを示しております。また、右側のユニットに関しては、電位センサー部を省略しています。図ように、電位を感受して開閉する種類のKチャネルには、電位センサー部として、余分の構造が必要であり、6回膜貫通構造をしていますが、Kirには、この、電位センサー部分がなく、したがって、(すくなくとも膜電位を感受して)「開閉することはないだろう」と考察されてきました。

 

このようなバックグラウンドで、「Kirチャネルは、恒常的にオープンな、リーキー・チャネルだ」という学説が、長らく電気生理学の世界では支配的となったのです。「リーキー」というのは、「漏れ漏れの」という意味で、自分では閉じることができない、という意味です。Kirの挙動的に、本当はphase 0-2(乃至3の初期)では閉じていないといけない部分があるのですが、それは、Mgやpolyamineのような整流作用の物質が栓をすることで、on/offを制御していて、それで十分なのだ、と人々は考えてきたわけです。

しかし、この学説にも、徐々にほころびが出始めます。まずは、厳密なことを言うと、Mgやpolyamineによる栓の効果だけでは、時間的にも、厳密性的にも、phase 0-2のKir電流をゼロにするのは十分ではないのではないかという矛盾が生じました。

 

また、2000年代初頭以降に次々に明らかにされた、Kirの構造解析では、なんと、Kirは、電位差センサーのS1-S4は持っていないものの、それ以外は、全くもって、完璧な開閉構造を備えていたのです。開閉ゲーティングのためのアミノ酸配列が、完璧に保存されていたということです。

 

どういうことなのか、少し図を用いて説明してみます。下の図は、「開閉機構がない」と誤解されてきた、Kirチャネルの構造断面を、模式的に表したものです。先ほどのKチャネルの図と同じく、4両体のうち、断面図上、左右の2つの分子のみを図示しています。

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図:Kirチャネルの断面模式図。4両体のうち2つのユニットのみを表示しています。実は、Kirチャネルにも、開閉調節のために必要な構造は、きちんと完璧に備わっているのです

 

例えば、upperヒンジ部、lowerヒンジ部(チャネル開閉のための折れ曲がり構造:ドアに例えると蝶番に当たる役割)の2つのGlyは種間で100%保存(図のオレンジの部分)。close時の隙間閉じ構造のLeu/Ileも100%保存(図の黄色の部分。ドアに例えると、隙間を覆う隙間テープの役割)、PIP2結合(閉ラッチ)のアミノ酸残基(IF helixのR, Outer helixのRWR, Inner helixのK, Tether helixの該当部位、C/D loopの該当部位)も、100%保存(図の赤や青の部分。ドアに例えると、開ラッチ、閉ラッチ、ドアホルダー、引っ張るための取っ手などの役割)。これらの、開閉のために重要なアミノ酸残基は、ヒト以外の種でも、完璧に保存されています。

 

通常、生命体タンパク分子の機能にとって重要でないアミノ酸残基は、進化の過程で保存されることはなく、種間での異種アミノ酸になったり、消失していったりするもので、これだけ、種を超えて完璧にアミノ酸残基が保存されているということ自体、『Kirは間違いなく開閉調節をしており、そしてそれは極めて重要な意味を持つ』ということが証明されている、とほぼ同義となります。

 

また、何より、実際に構造上も開閉の構造変化を行うことが証明されてきており、また昨今は、PIP2や様々な刺激で、開閉調節を受けるということがわかりつつあります。

 

いったい、いままでの学説との乖離は、何を意味していたのでしょうか。いままでの生理学的データ自体は、もちろん、疑いようのない正しいデータなのです。いったい、機能の解釈上、我々は何を見落としてきていたのでしょうか?

 

一つのヒントは、「リーキーチャネル」と言われるに至った、電気生理学上の実験主義の、人為的な条件設定に関してです。パッチクランプ、と言われる、電気生理学の王道の実験があるのですが、何かのチャネルの挙動を調べたい時には、そのチャネルの電流の流れが「測定しやすいように人為的に条件操作する」ことが慣例です。例えば、カリウムチャネルの電流を測定したいときには、ナトリウムの流れが、測定を乱さないようにするために、ナトリウムの流れをゼロにするような人為的な操作をします(例えば、測定膜内外のナトリウム濃度差をゼロにするなど)。一見理にかなった方法ですがしかし、これは、解釈に細心の注意を払わなければ、思わぬ落とし穴に陥ってしまう可能性があります。実際の心臓のイオンの流れの挙動では、膜内外の陽イオン濃度が一定になって、そこに長時間止まってくれている条件、というのは、むしろ例外的で、常にイオン濃度はダイナミックに変化し続け、それに伴って、チャネルの制御も微細にコントロールされている、と考えられるからです。これは別項にも論じている、一つの例ですが、実際の細胞における、ナトリウムイオンの流れ、カリウムイオンの流れ、というのは、単純に考えても、それ自体で、お互いに密な影響を及ぼしあうのも一つの例です。

 

個人的には、Kirは、考えれば考えるほど、謎の深い、不思議なチャネルだという気がするのですが、ひとつ、ユニークで面白い挙動の例を挙げてみます。それは、Kirというのは、生まれてから墓場まで、必ずいつもずっと、Nav1.5というNaチャネルと密接に、行動を共にする、という点です。Nav1.5というのは、心臓の第0相、つまり脱分極期において、Naイオンの急速流入を起こす、もっとも重要なNaイオンチャネルです。これまた大変興味深い、一見不可解なようでいて、そしておそらくは合理的な開閉動作をすることがわかっています。第0期にオープンになり、一過性にNaイオンを急速流入させた後、一旦、急速に機能停止します。ただ、その急速機能低下は、チャネルがクローズになるのではなく、"ball-and-chain"と呼ばれる方式の、極めて素早い不活化だと言う事が分かっています。そして、実は、Nav1.5の主たる活動期は第0期なのですが、なぜか、その後も細分極期に、少量の活動を続けるという謎な行動をとる事が知られています。

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図:Kir2.1はNav1.5と、常に密接し、常に行動を共にしています。

このKir2.1とNav1.5の空間的関係は、NaイオンとKイオンのkineticsが、お互い、相手のチャネルに影響を与えたり、お互いのイオン流入の挙動に影響を与えうる事を示唆しており、Kir2.1ゲート非存在説の矛盾にたいする一つの回答を導くことができる可能性と同時に、phase0開始期や再分極時のNaイオン電流やKイオン電流の、より詳細な意義や精密な制御への理解へと繋がっていく可能性のある 、重要な挙動であるとも考えられます。

 

現在の私の捉え方ですが、従来の名称である「Kir=恒常的オープンチャネル」、これはあくまで、細胞静止期に開いている、という意味以上のものではなく、Kir2.1も脱分極時早期ー中期にかけては(phase0,1,2)、特殊な条件の際の作動時以外は、完全に閉じており、Kir2.1が再度オープンになるのは再分極時phase3になってから、という挙動を取るのではないかと判断しています。そして、Mgやポリアミンは、実際に、その整流機能の調節に、重要な鍵を担っているのではないか、と考えられます。

 

では、いったい、その、Kir2.1の詳しい開閉の条件とは如何に?どんな役割を再分極時にもつのか?再分極時に閉じるとは言っても、開くことはないのか?ここから先は、話が長くなりますので、別項にて(簡単に予測を書いておくと、タンパク結晶構造からの推測では、開ラッチ部分、PIP2結合能力をもつ、tether helixのR186, K188, inner helixのK183, Outer helixのRR78, R80あたりの結合は、乖離定数から言って、高濃度の陽イオンで外れるはずですから、Kir2.1は、電位「差」センサーではなく、チャネロソーム付近の細胞内局所の一過性陽イオン濃度上昇を感知して開閉する機構をもつ、「イオン流入の速度・加速度センサー」であり、このメカニズムが第0-2相ないし3相初期の調節に重要な役割を果たす。その際、Naイオン、Kイオンの両方がKir2.1チャネルの開閉に与える影響を考察する必要がある。余談になるが、2000年代以前の電気生理学の実験では、KirチャネルによるK電流のことを調べるために、系を単純化するため、人為的に細胞内外のNa濃度差をゼロにし、Na電流が測定系に影響を与え無いように条件を固定してから測定する実験ばかりだったので、vivoでの(生体内の)忠実な環境を反映した測定条件ではなく、Nav1.5とKir2.1の共挙動の意味を洞察する生理学実験というのは存在しなかった)。

 

この項の結論は、Kirチャネルが、単なるリーキー・チャネルだと思われていたのは昔の話で、最近の理解は徐々に変わりつつある、ということです。

 

 

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粉塵付着型の内部被曝について

3/1/2013執筆、11/1/2015加筆、12/19/2019 Yahoo Blogから移行公開

 

原発事故直後から、「鼻血」がでるのが、メカニズム的にそして、定量的にありうるのか、ありえないのか、ということが議論になったことがあると記憶しています。

 

まずは、個人的な結論を最初に書いておきますが、原発事故で、鼻血がでることは、当然ありうるだろう、というのが、直後からの一貫した私や、私の周囲の学者の考え方です。

 

ただし、このことだけ(鼻血)に限定すれば、すでに、主なイベントは、原発事故直後をピークとして、収まった出来事だと思っておりますし、当時マスク防護さえしておけば、(劇的にひどいプルームの風下直下で、マスクなしに大量に粉塵を吸い込まない限り)、鼻出血という急性症状以外は、目下は議論することも、急性期に注意喚起することも、時を過ぎたことなので、議論の逼迫性は、ないものとして、後回しにしていました。(慢性的な影響に関しては、この場では論じませんが、機会があればまた別途)

 

また、わざわざ、私などがこの問題を議論しなくても、方々で、様々な識者の方たちが、優れた解説と説明を書いてくださっているので、今更議論の必要もないかと感じ、書いていた記事を長年、放置しておりました。

 

しかし、どうも、定量性という意味において、私と同じ結論に至る方がおられないこと、鼻血がでるであろう条件に関する見積もりが、かなり違う点、多くの方が、まだいくつかのパラメータを見落としておられる点、多くの方が、大なり小なり、現行理論の負の影響から抜け切れていない様に見受けられる点があることなどから、遅ればせながら、記事を公開させていただくこととなりました。

 

結論を書いておくと、1Bq内外の、β線核種(セシウム137など)に汚染された微粒子が持続的に鼻粘膜に付着すれば、鼻血は出て当然だろう、というのが、当初からの一貫した結論です。「鼻血が出る可能性がある」ではなく、「出て当然」ということです。私から言わせると、「出ない」と考える方がどうかしていると考えています。

 

原発事故で鼻血が「出ない」「出るはずがない」と思い込んでおられる方たちは、ざっと、次の様な考え違いをされておられることと思います。

 

原発事故時の放射能汚染粉塵で鼻血がでることが理解できない人の勘違いのパターン

 

(1) 大量に被曝した際の、放射線被曝による全身症状で、造血機能に障害をきたし、血液凝固能障害が起こった時にのみしか、鼻血が出ないと思い込んでいる。

 

(2) 鼻粘膜に与える放射線の影響を計算するために、鼻粘膜全体で計算してしまっている、という、不適切なモデルを用いての計算。

 

(3) 「線量計算」をやってしまっている。

このような問題を扱う際には、絶対にシーベルトという単位を用いた計算をやってはいけない。この問題においては、シーベルト計算が、間違った思考の第一歩です。

 

(4) 人間の体が、粘土の塊で出来ていると勘違いしている物理学者が多い。

そうではありません。鼻粘膜局所で、細胞が死ねば、局所炎症が起こります。局所に、炎症細胞というものが、遊走してきます。

 

(5) 放射性汚染粉塵は、局所から排除されない限り、その1カ所で放射線を出し続ける、という基本的な概念を理解していない。

以前、この手のことを某所で見かけたがありました。「細胞が1個死んだだけで、何も起こるものか」という、乱暴な意見を言っておられる方がおられました。いえいえ、細胞が1個死ねば、2個目も死にますし、3個目も死にます。放射性汚染粉塵が、そこから排除されるか、なんらかの形で隔絶されるまで続きます。もっというと、(4)の局所炎症のため、遊走してくる細胞が増えるため、Booby trapが仕掛けられているようなものですね。経時的に、局所で死ぬ細胞は増えていきます。この、「細胞死が増えて行く」というパラメータを理解できていない方が多いように見受けられます。

 

それでは、個々の誤解に関し、少し詳しく議論して行ってみたいと思います。

 

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(1) について(大量被曝して造血能障害を起こさないと鼻血が出ないという勘違い)。

事故直後は、このような主張が大変多かったですね。私などは正直、こういう主張をする人の多さに、ただひたすら驚いておりました。我々、「鼻血は出て当然」派は、事故直後から一貫して、「鼻粘膜に付着した汚染粉塵による局所炎症のため」という主張です。ここの部分だけを、議論をかみ合わせすのに、数年もかかったというのは、正直驚きでした。医者の典型的な思考パターンとして、見たことのない症例、経験したことのない事象に直面した場合、まず教科書に走る、という行動パターンがあります。なぜかというと、医者の日常生活は、マニュアルやprotocolに従う訓練を徹底されていて、そうでなければ、均質で良質な医療というのは成り立たないからです。従って、あの当時、大半の医者が、「放射線医学の教科書」を開いてしまい、「線量計算」の思考パターンにはまってしまったわけですね。原発事故-->放射能-->放射線医学、と直結していったわけです。ですが、旧来の放射線医学で扱えるテーマ、扱ってはいけないテーマがあります。このような、鼻粘膜への汚染粉塵付着の局所影響は、旧来の放射線医学で扱える範疇を逸脱したテーマです。では、「鼻粘膜の炎症」という議論のステージに、ようやく乗っけられるようになってから、議論がかみ合ったのかというと、その後も、(2)-(5)の様な不適切な議論が多く見受けられました。

繰り返しますが、日常起こる鼻血の大半は、鼻粘膜の炎症が原因です。

 

(2)について(鼻粘膜全体への影響を計算してしまう間違い)。

物理学思考が、時折やってしまいがちな、「体積で割ってしまう」思考回路に関して。

皆様は、小学生に、四則演算を教えることってありますか?

 

100 + 1 / 100000 = ?

 

この問題、答えはもちろん、ほとんど100、が正解。でも、もし四則演算のルールをしらず、100 + 1の方を先に計算してしまったら?

そういう、良くない計算をしてしまうと、全体を平均化してしまい、「ほとんどゼロ」という、正しくない答えになってしまいます。

なぜ、皆が、そのような間違いを犯さないか、というと、四則演算の厳格なルールをしっているから。先に足して、後で平均を取ると、間違った演算だ、と、厳密思考することが出来ているから。 

ところが、放射線医学になった途端、頭の良い人たちや、物理学者の多くが、先に足し合わせて、あとで全体の平均をとる、という誠にへんてこな計算を始めてしまいます。付着している、個々の放射能汚染粉塵は、1点に付着しているのに、なぜか、その総和の放射線量を計算し、それを、鼻粘膜の体積で割ってしまう学者が、後を絶ちません。おかしな話ですね。

このような、微粒子の付着問題における、局所影響を論じる場合、たとえ、どんなに微小領域であっても、体積で割る、という行為は、間違った思考に走りはじめる第一歩です。

 

『鼻血が出ない』派の人にありがちな誤解というのは、「鼻粘膜全体がダメージを受けないといけない」と勘違いしていると思われる点です。

これは、物理学者にありがちな発想で、人間の体が粘土のような均一な物質で出来ているモデルで考えているからでしょう。

また、基礎生物学系の一部の人間も、「培養細胞実験」しか手がけていない人間は、全体の総量で計算する、という過ちをしがちかと思います。

実際の鼻出血は、耳鼻科領域では常識ですが、たった1カ所の血管周囲粘膜の破綻で起きる、という事実があります。

レーザーや高周波での止血術の第一歩は、「出血部位の同定」なのです。

つまり、1カ所の粘膜破綻、1カ所の血管の破綻に起因するパターンが、鼻出血の大半を占めるのです。

つまり、鼻粘膜の炎症、と一言で言っても、「鼻粘膜全体の炎症」を問題にする考え方と、「鼻粘膜の一カ所」に注目する考え方の2通りに分けてかんあげないといけないわけです。

繰り返しますが、耳鼻科領域で日常的に経験する鼻出血は、「一カ所の破綻」パターンです。

原発事故では鼻血がでない」と思い込んでいる方達は、「鼻全体の炎症」の事にしか考えが及んでおらず、鼻粘膜の一カ所の出血、という、鼻出血の大半を占めるパターンのことを忘れてしまっているようですね。

また、放射性ヨウ素投与療法や、外照射術や、抗がん目的の内照射療法との比較をもちだし、「xxxギガべクレルの内部被曝でも鼻血が出ないのだから、1Bq程度の汚染粉塵で鼻血が出るわけがない」という議論をする方の、鼻全体の線量を計算してしまう考え方は、この誤解に基づいているわけです。そして、「濃度」という概念がないのでしょうね(これは、ICRP線量計算自体が、簡便な臓器被曝線量の見積もりを出すため、「臓器全体の総量」で計算するという方法を敷いているから、そういうトレーニングを受けてしまっているからなのでしょう。あくまでも、ICRP線量計算は、便宜的な目的だけに留めておかねばなりませんね)。

 

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図:日常耳鼻科領域で経験する鼻血は、一箇所(または数カ所)の粘膜破綻です。決して、鼻粘膜全体から出血するわけではありません。鼻粘膜全体の総量で計算する悪癖からは抜け出しましょう。(引用図はCleveland Clinicの鼻出血の模式図より)

 

(3) についての解説(エネルギーvs. 電離能の見落とし、エネルギー至上主義の悪弊)。

原発事故後によく引き合いに出されたので、ご存知の方ばかりかと思いますが、1970年代に発表された、Petkauの実験というものがあります。これ、引き合いに出されるときに、よく、「慢性少量持続被曝の方が急性大量影響が大きい」と、正確とは言いがたい文脈で紹介されることもあったので、その部分にツッコミを入れる方もおられるかもしれませんが、実はそうではなくて、Petkau自身が実験データでも示している通り、この実験のひとつの大きな意義は、放射線の「エネルギー」ではなく「電離能」こそが、RBE(放射線生物効果比)に対して大事であろう、そして、それは、体積で平均してはいけない、ということを示しています。そして、Patkauのこの一連の実験を始めとし、1970年代以降、放射線放射性物質が生体や細胞に与える影響は、「エネルギー」ではなくて、「電離能」のほうが大事なのだ、ということが確立しています。にもかかわらず、現行の放射線理論(ICRPが唱える線量計算のこと。mSv云々というやつ)は、この生物学的知見を取り入れていません。放射線生物効果比(RBE)において、γ線イコールβ線イコール1、という考え方が、その間違いを端的に表しています(実際の電離能は、言うまでもなく、β>>>γ)。これは、物理学者が良くも悪くも、「エネルギー」というパラメータに縛られすぎているためでしょう。最も偉大な物理学法則の一つが、「エネルギー保存の法則」なのですから。

 

Petkauがどんな実験をやったかというと、リン脂質二重膜を作成し、その膜の両側のchamberに、22Na (陽電子放出核種)を入れ、膜破壊に必要なdoseを調べたわけです。結果、X線などの放射線を用いて破壊するよりも、22Naの方が、桁違いに少ない「放射線量」で、膜を破壊できることがわかりました。そして、その後の彼の一連の実験から、この膜破壊は、22Naにより発生する、膜近傍の活性酸素フリーラジカルによること、すなわち、放射線のエネルギーよりもむしろ、電離能が重要であることが確定しました。

 

Petkauが用いた実験での、フリーラジカルの産生量は、どの程度のものだったのでしょうか?そもそも、同程度のエネルギーのβ線は、水中の飛程距離は2mm程度なので、22Naからの陽電子も同程度と理解して、概算していきます。従って、膜の両側に4mmほどの厚みの水円柱の中にある22Naが膜破壊の活性酸素を発生させていたとして計算していくことができます。Petakuの用いた22Na水溶液は、7.4kBq-3MBq/mLの濃度幅を持つ放射能水溶液。これは、1細胞膜の表面積(直径約10μm)あたりでは、0.002-0.9 Bqのβ線源による活性酸素発生量に相当すると計算できます。

 

彼の用いた人工のリン脂質二重膜は、生化学の実験ではよく使われる、確立した方法ですが、細胞のリン脂質二重膜と、よく似た性質と、一方、細胞とは異なる部分があります。似ている部分というのは、リン脂質二重膜というのは、ある程度の自己修復能を持っている点。ゴム風船に、ひとたび小さな穴が開くと、パチンと弾けて不可逆的に破れるのと違って、リン脂質二重膜は(人工のものも天然のものも)ある程度の流動性と可逆性を持っていて、ほんのわずかの小さな穴程度であれば、周囲のリン脂質が寄ってきて、自己修復されます。リン脂質が、流動性をもつからですね。従って、このように物理的に膜の毀れやすさを求める際に、人工リン脂質が細胞膜の毀れやすさのパラメータを調べるのに、ある程度は妥当であるとされる所以です。生命体も、原始時代に、進化の過程での細胞膜の材料選別の結果(もちろん比喩的な意味ですが)、リン脂質を境界膜に利用するのが、一番生命維持にrobustだ、という結論に至ったのでしょうね。従って、放射線が直接、膜をヒットしようが、近傍の活性酸素がアタックしようが、少々のレベルでは、簡単に自己修復できてしまいます。ある程度、活性酸素が、リン脂質膜の化学物理的な自己修復力の限界を超えたときに、膜が「破れる」ことになります。それが、Petkauの用いた、0.002-0.9 Bq/10μm直径程度のβ線源(正確には陽電子放出核種)の放射能による活性酸素発生量。

 

一方、天然の細胞が少し異なるのは、細胞膜のリン脂質膜は、ある程度、新陳代謝をしている、という点と、もう一つは、細胞内に活性酸素を中和する酵素や抗酸化物質を持っている、という点。従って、おそらく予想としては、Petkauが導き出した、膜破壊のための必要な放射線源量よりかは、多めの放射能量が必要になるはずです。

 

それにしても、汚染粉塵が、仮に1Bq程度のβ線核種を持っていたとすれば、これは、Patkauの実験での上限を超える値です。天然の細胞が、いくら抗酸化作用を持っていたとしても、直下の細胞膜の破壊に到る桁の汚染であろうということは、判断できます。

 

そのような粉塵が1-2個付着した程度であれば、運良く鼻水で洗い流され、鼻血もでない方も多いのでしょうが、事故直後には、地域によっては、放射能汚染粉塵が空気中を舞っていたわけです。洗い流されず、しばらくの間、汚染粉塵が鼻粘膜に付着滞留していた場合には、鼻血は出て等然だと判断できます。

 

(4) についての解説(人間の組織が粘土の塊で出来ているという勘違い)

 

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粘膜上皮が障害を受ければ、炎症細胞、修復のための細胞群が遊走してくる(引用:)

放射能汚染粉塵による鼻粘膜局所の障害のような被曝パターンの場合、物理学者が、よく見落としているパラメータとして、物理学者は「人体が粘土の塊で出来ている」と勘違いしている点が挙げられます。そうではありません。つまり、旧来の放射線理論を信奉している人たちは、局所の細胞が死んでも、何も起こらないと思い込んでいるのですね。違います。細胞が1個死ねば、死んだ細胞は、DAMPsという、強力な炎症誘起性物質を周囲にまき散らし、炎症細胞(好中球、マクロファージなど)が活性化され、局所に遊走、集積してきます。

 

(12/19/2019) 当初、炎症のことに関しても論じていたのですが、sivadさんというかたが、大変良い解説を書いてくださっていますので、以下省略します。そちらをご参照ください。

https://sivad.hatenablog.com/entry/20140528/p1

 

 

(5) についての解説(細胞が1個(乃至、少数)死んだだけで終わり、それで何も起きないという勘違い)

上記の (4)に、あえて私が付け加えておきたい論点、おそらく、他所では強調されていない論点というのは、放射性汚染粉塵によって、直下の粘膜細胞が1個死んだら、それで終わりではない、というテーマです。つまり、このような局所汚染粉塵による被曝の場合、経時的に局所障害が増大していく、というテーマです。

(4)に書いたように、死んだ細胞というのは、それ自身がDAMPsをまき散らし、遊走細胞を集積させます。ここで、きちんと認識しておいていただきたいのは、そのように、遊走してきた細胞に対しても、高密度の放射線が浴びせられ続ける状態が続きます。ベトナム戦争の映画などで、よく、ゲリラたちが、米兵にトラップを仕掛けることがあります。救護に駆けつけた米兵が手に取りそうなものに、起爆装置をつけておき、救護に駆けつけた米兵を一網打尽にする、Booby trapというのがそうです。救護に駆けつけた援軍を狙撃することもあります。なぞらえて考えてみると、放射性汚染粉塵というのは、遊走してきた細胞群に対して、一種のbooby trapとして作用するわけです。

つまり、生物学の反応として、このような場合、炎症が、経時的に拡大していく、というパラメータを忘れてはいけません。このbooby trapは、汚染粉塵が流れ落ちて除去されるか、鼻粘膜のその部分が痂皮化し、汚染源がcontainされるまで続くことになります。痂皮化した部分は、やがて、剥がれ落ちることになるでしょう(=鼻血につながる)。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

以下、いくつかのたとえ話をあげておきます。

放射能汚染粉塵の付着による局所炎症による、鼻出血のメカニズムと妥当性を理解するためには、まず、従来の放射線障害理論の呪縛から脱却してもらわなければなりません。「それでも、、、」と、躊躇う方たちのために、いくつかのわかりやすいたとえ話を載せておきます。

 

(たとえ話1)

これは、ECRRなどがICRP理論批判の時によく持ち出す例ですが、旧来の理論というのは、エネルギー一辺倒、しかも、外部被曝内部被曝も同じレベルで論じましょう、というちょっと受け入れがたい趣旨で成り立っています。(彼らに言わせると、変換係数は、データをもとによくねられているそうなのですが、誰にでも突っ込めるpitfallが沢山あります。あくまで、便宜的指標以上のものとは考えないほうが良いでしょう)。

つまり、暖炉のたとえ話でいうと、煌々と燃え盛っている暖炉に手をかざして暖をとるのも、灼熱の真っ赤な炭を飲み込んだ時の影響も、同列に扱いましょう、というレベルの話。そして、その時に彼らがもっとも重視するのが「エネルギー」です。放射性物質が細胞に与える一般的な影響は、エネルギーではなく、細胞周囲の活性酸素産生量による、と1970年代に確立しているにもかかわらず、です。

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暖炉の図。炭が煌々と燃え盛っています(引用:PhotoAC中村昌寛さん提供)

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図:仮に、灼熱の炭を、飲み込むと想像してみたください(引用:Cool Clipsイラスト集より)

この、暖炉の暖をとる話と、燃え盛る石炭を飲み込む話の例え話からも分かるように、同じエネルギーを受け取るのでも、全身に満遍なくエネルギーを浴びるのと、局所で集中的にエネルギーを浴びるのは、生体の反応は、全く別物になるというのは、経験的に誰もが知っている事実なのです。

 

(たとえ話2)

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図:拳銃の乱射事件のたとえ話をあげてみたいと思います(引用:フリーイラスト変な絵)

(ちょっと刺激的なたとえ話で、不快に感じる方がおられたら、申し訳ありません。)

上のほうにも、少しずつ、このたとえ話のさわりの部分を紹介しましたが、きちんとまとめておきます。

渋谷のスクランブル交差点の雑踏の中で、マシンガンを10発ほど、人ごみに向けて撃ったらどうなるでしょうか(決して真似をしないでください)。

 

悲劇的な結末になる、という答えは、述べるまでも無いですね。ところが、次のような計算をしてしまったら、どうでしょうか?

 

「その瞬間、渋谷の交差点には、1万人ほどの人間がいる。弾丸1発あたりの運動エネルギーは1.0x10^4 Jほどであるから、1万人で割ると、一人当たりの受けるエネルギーは、1Jほどになり、これでは誰も何も影響を受けないだろう」

 

正しい思考回路でしょうか?

 

 

交差点の全員で割るからいけないんだよ、という批判を誰もがすることでしょう。そのような批判的意見に対して、次のような改訂版の論考は?

 

「渋谷の交差点全員ではなく、弾丸の発せられた局所付近、せめて500人ほどの、極小空間で平均化して計算しよう。500人ほどの極小空間でエネルギー密度の分布を計算すれば、一人当たり20Jとなり、やはり、なにも影響は無いだろう」

 

言うまでも無く、正しくないですよね。人数で平均化する、という思考のスタート時点ですでに、考察の過程を間違えた方向に走り始めています。

 

割り算の例で言えば、厳密に思考を。一つ一つの「項」への影響を論じる際に、括弧も無いのに、ルールに反し、割ってはいけない、ということです。

 

でも、原発事故後、眺めていたのですが、時として、物理学的思考、というのは、「法則」を抽出したいがために、体積を見ると、割ってしまいたくなる人が、多いのですね。数式が美しいほうが、エライ、という思考の縛りがあるような気がします。

 

散々、ECRRなどでも、別の喩えで批判されまくってきたことですが、放射性汚染粉塵の局所影響を論じる際には、たとえ、それがどんな微小空間であっても、体積で割るということは、論理的厳密性の担保が無い限りは、誤った結論に陥っててしまう思考過程の、第一歩です。

 

それでは、われわれは、手がかりの少ない中、どのような思考過程で、「放射性汚染粉塵の局所影響の可能性」を論じていけばよいのでしょうか。

 

弾丸の喩えから察することが出来るとおり、一本一本の放射線の軌跡をたどり、軌跡上にある細胞1個1個に、どのような影響を与えるのかを計算することが求められています。

 

今、最初に断ったとおり、細胞の生死に関して論じています。そして、途中、ICRPのRBEを批判した通り、細胞死への影響は、gamma = betaではありません。例に出したように、各種の実験、臨床経験から、同じエネルギーでも、beta >>>> gammaというのが、細胞死への現時点での知見。

 

これも散々、例に出されてきたこととは思いますが、gamma線照射に比べ、beta線照射は、はるかに、beta熱傷が起こりやすい、という臨床データ、臨床経験を思い出していただいても、納得されるかと思います。人体の中で、表皮組織というのは、もともと、ストレス耐性のある「臓器」ですが、その「表皮」においてすら、熱傷という形で、細胞死、炎症などが顕在化するほど、beta線の影響は、細胞死に対しては大きいのです。これは、Petkauの実験の、正しいもうひとつの解釈、放射線の電離能こそがRBEに重要という知見にも裏づけられています。

 

では次に、その、少々の細胞が死んだくらいで、どれほどの臓器影響があるものか?という論点。渋谷の交差点での弾丸の不謹慎な喩えで行くと、「1万人中の10人ほどが凶弾に倒れたところで、群集に影響などあるものか」という批判。違うのです。

 

このあたりも、物理学思考の、見落としているパラメータのひとつなのですが、生体というのは、細胞が一つ、ないし、数個死んだら、それで終わり、ではないのです。死んだ細胞というのは、DAMPと呼ばれるものを出し、炎症細胞、修復細胞が、局所に遊走してきます。

 

つまり、渋谷の例で言えば、凶弾に倒れた人たちを、救護しようと、救急隊員も、警察官も駆けつける状態。

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図:悪人が拳銃をぶっ放し、凶弾に倒れた人がいれば、当然、周囲の人間や、警察・救急隊が救護に駆けつける。放射性汚染粉塵で、ある細胞が死ねば、同じことが起こる。しかし、重要なのは、放射線汚染粉塵が局所から排除されるか、containされない限り、救護に駆けつけた人たちに向かって、拳銃を発射し続ける状態が続き、さらなる犠牲者拡大へと繋がっていく、という状態。これが、鼻粘膜局所に付着した放射線汚染粉塵による被曝パターンです。

そして、放射能汚染粉塵の場合、数ベクレル程度の高集積のものは、一つ細胞を殺して終わりではなく、その局所から排除されない限り、放射線を出し続ける、ということです。

 

渋谷の例で言えば、駆け寄ってきた救急隊員や、警察官に向け、凶弾が発せられ続ける状態、ということです。そして、それがさらなるDAMPを産生し、遊走因子となり、さらに多くの救護が駆けつけ、という状態。炎症が、経時的に、ポジティブに増加していくという、生物学的パラメータ。

以上、現行の理論が明らかに見落としている、いくつかのパラメータですが、もちろん、生物の仕組みというのは、よく出来たもので、このフィードバックが無限に続くわけではありません。

 

局所内で、痂皮化が起こります。そうすると、炎症もある程度containされることになりますし、痂皮化は、時期が来れば、はがれ落ち、生体から除去されます。原発事故後に、鼻血がでるのか否かという論争があったと聞きますが、そんなものは、この程度の事故であれば、出て当たりまえと考えます。

 

いくつかの問題は、これらの、局所炎症のごく一部が、遷延化してしまったときに、何を予想するのか、という部分です。これまた、物理学的思考では、見落としがちな、生物学的パラメータが、いくつもあります。

 

そして、大事なことは、局所粉塵付着型の内部被曝を、調査するような、確固たる研究は、原爆の折にも、その後の調査も、まだまだ、これから、という段階です。ごく一部、実験医学的研究でも、プルトニウム粉塵などの実験はありましたが、私にはまだ多くの見落としや未報告パラメータがある様に見えます

 

話は長くなりましたが、「厳密性を担保されていない計算は、適当な判断でやってはいけない。」「調べられていないことは、わからない。」「パラメータの見落としがあると、とんでもない結論におちいることは、よくある」「内部被曝において、見落とされているパラメータは、枚挙に暇がない」です。

 

 

(たとえ話3)

(a) 鉛筆の消しゴムの側で、目ん玉をグリグリ押しても、痛く無い。でも、尖った芯の方で、目ん玉を突き刺そうとする人はいない。たとえ同じ力で押しても、局所集中した場合には、生体への反応は違うのだ、ということは皆が知っている。

(b)1ccの沸騰している熱湯を、良い湯加減の、お湯の張った風呂桶にぶちまけても、水温は1度も上がらないだろう。火傷をする事は無い。でも、1ccの熱湯を、直接皮膚(粘膜)にたらせば、その局所は、火傷をしてしまう。熱の「総量」と言う意味では、風呂桶に張ったお湯の方が、遥かに大きいが、風呂桶の、良い湯加減のお湯では火傷をしない。大事なのは、全体の熱の「総量」では無い。エネルギーが局所に集中した場合、生体と接する局所、接する部位の細胞が、どういう影響を受けるか、である。

(c) 線香花火から、30センチも顔を離しておけば、火花が散って来ても、皮膚に火傷をさせるほどのエネルギーを持ってはいない。しかし、線香花火を、頬から1ミリくらいの距離に持っていれば、花火が発する火の粉の約半分近くは、その局所にぶつかり続け、線香花火が燃え尽きる頃には、結構な火傷を、、、、、まあ3番目の例は、実験しないで適当なことを書いてしまいましたが、「いや、この程度の線香花火では火傷しない」という人は、次は鼻の穴の粘膜の敏感な部分に近づけてみる事をお勧めします。

さて、こうして、喩え話を出してみると、1点から放射線を発し続ける、「放射能汚染粉塵」も、鼻粘膜に付着すれば、至近距離ではヤバそう、という感覚は分かってもらえると思うのですが、なぜ、放射能汚染のことになると、揃いも揃って、頭のいい人たちが、「鼻血」を否定したがるのか?問題は、現行の放射線障害理論にもあります。

1970年代に、ある議論がわき起こり、不正確な議論の成り行きで、局在よりは、全体の「総量」で、組織への影響を考えるのが正しい、という方向に向かってしまった名残を、未だに引きずっているのも一因です。

しかし、内部被曝の影響を、総量から推測するのが正しいのは、次の前提が成り立つとき。(1)人間の組織が、均一な粘土でできている。(2)線源が局所偏在をしない(汚染粉塵の鼻粘膜吸着パターンではこの前提が崩れます)。等等等。(3)生体内分子との相互作用を無視することが許される(バンダジェフスキーのデータはこの前提がセシウム内部被曝に於いては崩れている事を間接的に示唆している可能性があります。このブログのメインテーマです)。(4)さらに、預託線量として、単純積分をもって生体への影響を推測出来るのは、急性被曝も慢性被曝も、同等の影響を与えるという前提の元ですが、各種の生物学的観察からは、急性影響と慢性影響の対等性という前提は大きく崩れている例が多い。

さて実際のフォールアウトは、2011年以前のイギリスの調査では、0.5-数Bq、福島事故の調査では、数Bq程度が、数ミクロンー数十ミクロンの極小粉塵に含まれる。数Bqと聞くと「少ない」と錯覚しがちですが、Cs137と仮定すると1Bq=全量では約14億個。1秒間に直下の細胞にヒットするβ線の本数は、上記の放射性ヨウ素大量投与の約6桁上の数字になります(c.a. 1/sec vs. 10e-6 /sec)。ものすごい局所集中ですね。

 

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(余談1)疫学上、なぜ、データをとるのが難しいか

 

原発事故後の鼻血くらい、ささっと疫学データを取ればいいじゃないか」という意見があると思います。全くもって、その通りだと思います。わたしも、きっとだれか良識ある疫学者が調査なりをするのだろうと思っていましたが、事故後数年たっても、しっかりとしたデータの報告は聞こえてきませんね。あの規模の原発事故であれば(風向きが最大のファクターになりますが)、鼻血などは観察されて当然だと判断していますが、そのようなデータが上がってこない理由には、ひとつは、よほどのケースでない限り、「鼻血程度」では、病院にかかる方は少ない。また、病院を受診したとしても当時大半の医者が、「鼻血は原発事故のせいとは考え難い」という判断をしていました。したがって、データ取得バイアスがかかってしまうことが考えられます。それ以外に、もう一つ大きなよ要因は、「マスク防護」をしていた方が、関東地方では大変多かったという印象です。わたし自身、原発爆発前後に、友人知人にマスク防護を進めていました。放射能汚染粉塵は、たとえ、通常の風邪用のマスクであったとしても、ある程度、吸入を抑えることができると予想されますから、このように、被災地近辺や関東地方で、マスク着用をしていた方が多いということ、子供たちに、外遊び活動時間の制限をしていたことなどが、交絡因子として働き、データをマスクしてしまうだろうということが予想されます。

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図(引用:いらすとや)

また、似たような議論の延長線上になりますが、「私、原発で働いてたけど、一度も同僚が鼻血を出しているのを見たことがない!」というのを、否定材料の根拠にする人がいます。よく考えていただきたいのですが、原発で作業する場合には、マスク防護をしているわけです。また、いくら線量を浴びたからといって、それは外部被曝の話。しかも、原発事故後のように、放射性物質汚染粉塵が空気中を待っている環境ではないのです。まったくもって、鼻血否定の根拠にはならないのは、少し考えてみていただければすぐわかることでしょう。

 

 

(余談2)

誤解「ただ単に、1個の細胞が死んだだけでは、すぐに修復されて、鼻血なんかでない。ある程度の数、ある程度のボリュームが死ななければダメだ」

 

これ、本当にその通りなんですけれど、ここから、次のような計算をしてしまっていた人が多いんじゃないでしょうか?

 

(間違った計算)「鼻血が出るために必要な、欠落組織のボチュームは大体、xxxum^3くらいだかえあ、エネルギーをこれで割って、、、」「上記の分布図の見積もりだと、細胞はたったの数個ー数十個しか死なないじゃないか。数十個の細胞なんて、常時体のあちこちで死んでは修復されている。こんなんあじゃ鼻血なんて出ない」

 

この計算、何が間違いかというと、「時間」の考え方を間違って見積もっているからです。、、

 

この、局所破綻点における細胞死は、1回起こって終わりではないのです。汚染粉塵が、そこに付着し続ける限り、その場によってくる細胞、修復活動にあたる細胞たちをも、延々と殺し続けるのです。簡単に考えてみていただければ、すぐ分かることなのですが、一旦、空間の計算をすませてしまうと、時間軸の考えを忘れてしまうものなのかもしれませんね。

 

では、もっと正確に、組織挙動を、時間軸を考えながら、計算し直してみるとすれば、どういうデータが必要になるのでしょうか? ここでは、「使ってはいけないデータ」に関して注意喚起をしておきます。「汚染粉塵クリアランスの図」というものを導くことができるかと思います。初期に、鼻粘膜に付着した汚染粉塵も、時間の経過とともに、鼻水で洗い流され、指数関数的に減っていく、という減衰曲線。それを、鼻粘膜(当然、全体ではなく、局所で計算しなければなりませんが)の「被曝量」にあてはめようとするかたがおられるかもしれませんが、これは絶対にやってはいけません。

考えてみていただければすぐに分かることですが、漸減的に、それぞれの微粒子のもつ放射線量が急速に減衰するわけではなく、鼻粘膜に付着している微粒子の個数が減っていく、ということなのです。一個一個の微粒子のもつ放射能の量は、それぞれの核種の崩壊のスピードで、極めて緩やかに減っていくだけです。

 

 

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(よくある間違い集)

「九州の方が福島よりも鼻血が多かった」-->関東地方での、マスク防護、被災地での外遊び制限のせい。

 

「フクイチ労働者でも鼻血は出ない」-->マスク防護のせい。

 

原発事故後、鼻血は出たけど、耳鼻科に行って何度も鼻腔鏡で確認したけど、鼻粘膜に炎症症状はなかった」-->鼻粘膜炎症が汚染粉塵によっておこる、とは言っても、当然のことながら、付着部位の一点で起こるのみ。そのほかの粘膜は当然正常粘膜。

 

同様に「3.11後、鼻血が出て耳鼻科で粘膜を調べてもらったけど、粘膜にびらんはなく、綺麗な正常粘膜だった。だから、鼻粘膜炎症で鼻血が出るというのは間違いだと思う」-->同じ。ここで取り上げている。「鼻粘膜炎症」というのは、汚染粉塵の付着したごく近傍のみ。そこは剥がれおちるわけだから、鼻粘膜をいくら耳鼻科で詳しく見てもらっても、正常にしか見えないのは当然。「すぱっと切ったように、一点から出血しているような像」が観察されるはずです。

 

「汚染粉塵が鼻粘膜に炎症を起こすくらいなら、なぜ、目や口から出血しないのか。なぜ、皮膚から出血しないのか」-->目は構造的に、ホコリが付きにくく進化してきている。まつげは、上からのものをトラップするだけではなく、空気の流体力学的に、ホコリが目の中に入りククなるような気流の流れを作り出しているのだから、目には汚染粉塵はそもそもつきにくい。ついてもすぐに涙で洗い流してしまう。それに、目の表皮(角膜)には、血管がない。皮膚は、当然、生体内でもっとも強いバリア。

 

「同じく、性器などの粘膜からも出血するはず」--> 事故後、パンツを脱いで闊歩する人がいましたか?それに、まあそういう人がいたとしても、性器で空気を呼吸しているひともいないでしょう。一方、鼻粘膜は強力な集塵機です。

 

「医療放射線で鼻粘膜照射することもあるが、鼻血は出ない、、」ガンマ線照射。点被曝ではない。

 

「医療放射線内部被曝線源投与をすることもあり、鼻粘膜にも分泌されるが鼻血は出ない」:計算から明らか。

 

「鼻血を出した人をなぜWBCで調べないのか」-->WBCは体全体、または臓器全体の内部被曝を調べるもの。内部被曝のパターンが違う。

 

「福島でも野生の動物はずっと外にいるのに、鼻血を出していなかった」-->鼻血が外から見て分かる状態、つまり鼻腔外にダラダラと垂れて出てくる状態になるためには、人間でも、直立状態が必要です。(現在は効果は否定的と言われていますが)、昔の民間療法では、鼻血を出している子供に、上を向いて寝ていなさい、と指導することがありました。これは、とりあえず上を向いていれば、(現在は、それだけで鼻血が止まる効果はおそらくないとされるものの)、一見、鼻腔外に垂れて出てくる鼻血の量が少なくなるため、効果があるように見えていた、とされる行動様式です。つまり、人間の鼻腔は、直立時には、重力に対して縦方向に位置しており、鼻血が外に流れ出易いという、構造(というよりは生物としての行動様式)になっています。一方、動物の鼻腔構造は、人間と違って、重力に対してそれほど垂直状態を保っているわけではありません。また、動物は、鼻から流れ出てきた血を、すぐに舌で嘗めてしまうために、観察者が認識しにくい、鼻周囲皮膚の外観が黒い種が多いので、観察されにくい、という観察バイアスもあるかもしれません。また、小動物であればあるほど、相対的な血管径が同じでも血管径の絶対値は人間に比べれば小さなものです。従って、出血したとしても、出血量の絶対値がそもそも小さく、ぽたぽたと雫を作って垂れるほどにはいたらない小動物(マウス、ラット、猫)も多いかと思います。実際私たちも実験室でマウスやラットの採決をしたり、手術をしたりしますが、人間で言えば臓器の大部分をいじり回すような大手術でも、個体自体が小さいため、当然出血量の絶対値は驚くほど少なく、出血してもすぐに止まり、血の塊にすら気がつかない、というようなことも多いです。いずれにしても、野生動物では、人間のように鼻出血観察頻度が低いだろう、ということは、全く以て予想範囲内のことです。

 

「低線量でも鼻血が起こるというのは、科学的に否定されている」-->科学的な議論をしたいのなら、「低線量被曝」という言葉は使わないようにしましょう。これは、原発推進派であっても、原発反対派であっても然りです。定義のはっきりしていない語句の使用は、議論のポイントを曖昧にし、思考停止につながります。それに、鼻粘膜への汚染粉塵付着による局所炎症は、この一点の局所周囲だけに限定して影響を考えれば、むしろ、「超高線量被曝による確定的影響」に近い細胞障害です。それに、そもそも、「線量」という言葉を使用した時点で、科学的に議論の余地のある「シーベルト」という単位での考察へと流れていってしまいます(このブログでは、シーベルトという単位の問題点を幾つか指摘している通り、身体影響を正確に理解するためには、このシーベルトという単位を、ガンマ線や(X線中性子線)による外部被曝影響以外、ごく一部の内部被曝以外、には、原則使うべきではない、という原則で議論しています)。

 

「生物の細胞中では様々な原因により活性酸素が1細胞あたり1日10億個(10e9個)、全身では6x10e22個も発生するのにもかかわらず、人間はピンピンしている。これだけの活性酸素を発生させるのに必要なCsは、2.42〜5.02 x10e13 Bqもの大量の放射性Csである。そんな大量にCs粉塵を吸い込むはずがないから、鼻血はありえない」

-->これ、以前にどこかで鼻血否定者の方が述べておられた、おかしな計算方法なのですが、2重にも3重にも、おかしな計算をしておられます。

(1) まず、活性酸素の発生量として、flux(流束と言います。例えば、その瞬間交差点にいる車の台数ではなく、1日に交差点を通過する車の交通量のようなもの)と局所の活性酸素量をごっちゃにして議論していること。「」の中の「10億個」というのは、発生量のfluxです。これが、一度に発生するわけではありません。出来ては消え(中和されたり利用されたり)を繰り返しています。一方、活性酸素による細胞死や膜破壊は、その時点でのその局所に存在する量が大事になります。「新宿駅では1日350万人も乗り降りしている(flux)のだから、改札口でたかだか100人くらいが押し寄せたところで圧死が起こるわけがない(後者は、その瞬間の局所の量)」という議論のどこがおかしいかを考えてみていただければ、明確に間違いがわかると思います。

(2)活性酸素は、ミトコンドリアなどのcontainされた場所で、安全に産生されるのが主です。ミトコンドリアが機能正常で、この中で活性酸素が作られ続ける限り、細胞死や膜破壊の議論とは、全く切り離して議論していかねばなりません。鼻血の議論で重要になるのは、正常のcompartment (containment)を逸脱した箇所で活性酸素が、細胞破壊や膜破壊を起こす、という議論。ごっちゃにしてはいけません。前出の鼻血否定論者の議論のどこがおかしいかを理解していただくために例え話を出しますが、「サッカーボールの中には、1.9 x 10^26個もの大量の空気分子(酸素分子、窒素分子)が、高速運動をし、ボール内壁に激突し続けている(室温300Kで約400m/secの超高速な運動)。衝突の回数も凄まじく、1秒間に60億回以上も激突し続けていて、その運動エネルギーの総和は880J以上にもなる。これだけの衝撃を与えても、普段サッカーボールは破裂することもなく、動き出すこともなく、静止状態を保っている。方や小学生のサッカー少年のキックする際のエネルギーは、たかだか200J程度(しかも足の全運動エネルギーがボールに伝えられるわけではなく、このうちの一部が与えられるだけ)だから、小学生ごときがサッカーボールを蹴ったところで、ボールが飛んで行くはずがない。」この議論のおかしさは、ボールの中で完結している系と、ボールの外から加わる作用を同列に比較しようという間違いですが、前述の鼻血否定論者の方も、同じ間違いをしてしまっていますね。

(3)そして、もう一つ、やはり、局所集中の活性酸素量を、またしても、全身の総量と同じ土俵で比較しておられる、という、現行の放射線理論と同じ間違いをされておられます。

ウェブサイトを眺めると、一見、それらしい計算を持ち出し、議論の噛み合わない、不思議な論理展開で 鼻血のことを論じておられるサイトを目にします。注意深く、一つ一つの計算を吟味しなければなりません。

 

 

参考ウェブサイト:

http://kmiura.hatenablog.com/entry/2013/02/28/143033

(全体で計算してはいけない、という議論)

 

https://sivad.hatenablog.com/entry/20140528/p1

(鼻粘膜炎症に関して詳細に解説されておられます)

 

 

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謝辞:この記事は、ブログの書き始め2013年前半の記事をベースにしたものですが、その後、いろいろな媒体で、何人かの方と質疑応答のやり取りをさせていただいたことがあります。その際の書き込みを、いくつかつなぎ合わせています。鋭いご意見やご質問をありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

この理論以外で微量放射性セシウムによる心筋症の説明が可能か?理論の特徴に関するいくつかのポイントのまとめ

11/1/2015 執筆、12/18/2019 Yahoo Blogから移行公開

 

放射性セシウムによる心筋症、いってみれば、Bandazhevskyの心筋症に関するメカニズムの説明を試みた理論は、もしかしたら、私の他にも、別の説明をされておられる方もおられるかもしれません。

 

カリウム・チャネルだけを取り上げてみても、実際、原発事故後、私以外にも、何人かの方が、カリムチャネルのことを議論しておられるのを見かけた気がします。また、私がここで論じた理論を発展させ、ストロンチウムなど、他の核種へ理論を拡大を試みられた方もおられると伺っています。

 

ただ、おそらく、ですが、厳密なことを言うと、この理論以外の方法では、どの意見も、ほころびが来るのではないかというのが、現在の私の認識です。

 

簡単に、この理論の特徴と、なぜ、この理論以外の説明ではうまく行かないのかをまとめておきたいと思います。

 

 

この理論の特徴をまず列記します。

 

1.セシウムイオンが、カリウムチャネルにたいする挙動が、カリウムイオンとは全く異なるのだ、という点に着目。

 

2.内向き整流カリウムチャネルには、セシウムイオンは、ガチガチにはまり込むのだ、という事実を踏まえ、論じている。

 

3.放射性元素が、足場固定された時に崩壊すると、その周囲への影響の与え方が異なる可能性を論じている。

 

4.放射性元素が崩壊時、放射線を出す以外に、配位座などの性質が、瞬時に、劇的に変化する事実を論じている。つまり、放射性元素の崩壊時に、放射性元素が配位している周囲に対し、化学触媒的に作用するということを論じている。

 

5.分子の壊れ方に、recessive な壊れ方だけではなく、dominantな壊れ方があるのだということをきちんと議論し、定量考察に結び付けている。loss-of-functionな壊れ方だけではなく、gain-of-functionなこわれかたがあるのだ、という事実をきちんと整理し、定量考察に結び付けている。

 

6.心筋再分極の外向きカリウム電流を定量的に議論するのが再分極に重要と、specificな議論をしている。

 

7.通常の第2相の再分極は、外向きK電流(IKs, KvLQT1による)のみを考えていればいいが、ここに、Kirが逆向きに邪魔をする可能性を論じている。

 

8.KvLQT1とKirのCsへのAffinityの差を論じている。

 

9.通常のKvLQT1が、実は平時には、極めて粗な開確率で動作していることを組み込み、「たった1個のチャネルの異常で、影響なんて出るわけがない」という先入観を捨て、議論している。

 

10.心筋が直列接続である、という事実を定量議論に組み込み、並列システムよりもごくわずかの量で影響が起こりうることを論じている。

 

11.心臓には「リーキーチャネルがたくさんあるので、少々のチャネルがオープンになったところで影響はないはず」という、旧来のチャネル生理学のドグマの見落としを踏まえ、論じている。

 

12.制御の安定性が、システムの不調を来す、つまり、タイミングがずれることが、システムの正常動作の破綻(発振、発散、不安定性)に至るのだ、というシステム論を論じている。

 

 

などなど、いくつかのテーマが組み合わさり、このブログで述べた全体の理論になります。

 

 

この、どれかが欠けても、ここに記した理論に関しては、成り立たないと考えています。1.の条件を満たす議論は私も耳にしたことはありますが、それ以外の理論上の必須条件に関しては、寡聞にして、見かけたことがありません。

 

また、非放射性セシウムを中心に、似たようなことを述べられておられる方も目にしましたが、3.4.5.のため、理論的にうまくいかず、その後の12.まで全ての議論が崩れてしまいますし、定量的にも全く説明ができませんし、辻褄が合いません。また、Cs137の崩壊後の核種であるBaを中心に議論されておられる方も目にしましたが、やはり、3.から12.まで、すべての必要事項が崩れてしまいますし、定量的にも、桁違いに、影響の表在化にはつながらないだろうと帰結できます。ストロンチウムなどの、他の核種の理論拡大に関しては、他項に議論をまとめているのですが、おそらく、ですが、ターゲットをカリムチャネル以外のチャネル(カルシウムチャネルなど)と考慮する場合、2.3.が成立せず、したがって、4.も成立しないため、セシウムと同様の議論が成り立たない可能性が高いと思っています。ただ、ストロンチウムに関しては、私の見落としがある可能性もあるので、そのことも含め、詳しくは別項にて議論したいと思います。

 

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以前に、原発問題を扱っておられる有志の識者の方とのメールのやり取りをさせていただくという幸運に恵まれたことがありました。以下では、その折のことをヒントに、この場では、架空の質問者からの質問への応答という形式をとらせていただき、私の議論の特徴と、私のこの問題への取り組み方に関する説明とさせていただきたいと思います。

 

 

以下、架空の質問者からの架空のご意見という想定です。

 

(架空の質問)

チャンネル障害のメカニズムに関し、もっと多様な可能性を論じたほうが良いのではないでしょうか。

カリウムチャンネルの中で放射性セシウムが壊変を起こすという点への着目以外にも説明方法があるのではないでしょうか?

セシウム原子自体によるチャネル閉塞や、放射性セシウム崩壊後のバリウムによるチャネル閉塞で説明できるのではないでしょうか?

バリウムイオンによる、カリウムチャネルの阻害作用は、医学的にも確立しているので、そちらの説明の方がすっきりするのではないでしょうか?

 

(回答)
私の以前の書き方が悪く、セシウムイオンがカリウムチャネルを通過する際に、通過速度が遅くなる、というような書き方をしていた時代がありました。現在は、誤解のないよう注釈をつけていますが、「通過速度が遅くなる」ことが問題なのではなく、Kirチャネルには、Csイオンは、特定箇所ではまり込んでしまう、その固定条件が、しっかりとしたエネルギー伝達の足場になることが重要、というのが、当理論の最初の着眼点と考えています。あえて「閉塞」という言葉は理由があって使っていませんが、ご指摘の通り、わたしも、崩壊を起こすまでは「閉塞」と同じことと捉えています。

 

https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/8564066



ただし、コールドのCsイオンのように、「閉塞」を起こしているだけでは、量的なことから言って、心臓の臓器機能に影響を及ぼすほどの伝達障害は起こりえないと考えられます。バンダジェフスキーの報告している、影響が顕著に出得る量つまり、体重あたり10-50Bq/kgのCsというのは、原子数に直すと、かりに全てCs137と仮定しても、(Cs137の場合1Bq=1.4x10e9個であり、また、心臓0.3kg, 心筋細胞密度4.3x10e10kgとして)、心筋細胞の1個あたり、1-5個程度のCs137が存在することになります。ただし、言うまでもないことですが、現在進行形で崩壊しているCs137以外の、非崩壊時の99.999...%のCs137は、ただそこに存在するだけですから、コールドのCsと同じ扱いになります。もしも、「崩壊を起こすことが重要である」と考えなければ、細胞あたり1-5個程度しか存在しないCsでは、問題は全く起こりえないと考えられます。(仮に心筋に500Bq/kgと見積もっても、10-50個程度と、極々少量であることに変わりません)。なぜなら、心筋細胞には、1種類のKチャネルだけを見ても、1細胞あたり数千ー数万個のチャネルがあります。これが、わかっているだけでも心筋細胞に10種類はざっと存在するわけです。かりに、特異的に、ある特定のKチャネルに「閉塞」したとして、数万個あるうちの1-5個が閉塞して働かなくなったからといって、細胞の機能に異常は来さないと考えられます。

 実際、コールドのCsを生体(ラットやイヌ)に投与したり、培養心筋細胞などに投与する実験、そして、ヒトでもコールドのCs中毒のケースレポート等があるのですが、原子数として、1細胞あたりに取り込まれたCs個数での計算で、10の9乗個くらいを投与してやらないと、心筋の機能に影響を出すことができません。これは、バンダジェフスキーの内部被曝報告からの算出と比較して、10の7-9乗倍の過剰量にもなります。つまり、「閉塞」を主眼とした考え方で行くと、機能障害を起こすのは、それだけ超大量に「閉塞」をおこしてやらねばならない、ということが実験からわかっています。

 つまり、チェルノブイリで起こった内部被曝量程度のCsでの影響を、「閉塞」で説明することは不可能だろう、というのが、あのブログのすべての議論のスタート地点で、私が、2011年の事故後、バンダジェフスキーの報告をきちんと説明してみたい、と思ったきっかけです。

 当理論で、この点を誤解される方が多いと過去に指摘を受けましたので、私のブログの方にも、その後、この点を少し、補足説明させていただいています。
https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/13892337


 

また、バリウムイオンによるチャネル阻害作用に関するご指摘を、ありがとうございます。私も、BaのKチャネル一般への阻害作用は良く存じております。イオンチャネル学は、私の直属の専門分野というわけではないのですが、少し近い分野でもあり、また、手がけている研究テーマが若干接点を持つので、若い頃から、興味をもって接してきた分野です。MacKinnonがKチャネル構造解析でノーベル賞を取る数年前には既に、私の大学にも彼が何度か講義で訪れてくださり、迸るような熱い、最新の生データと、現在進行形で解き明かされつつある、チャネル生理学の最大の難テーマとの絡みに、胸を熱くして、講義に出席したものでした。この場の議論とは関係のない、あくまで余談ですが、BaイオンのKチャネル一般への阻害機構も、歴史的な重みのある、本当に奥の深いテーマです。質問者様には釈迦に説法になってしまうのを承知の上ですが、BaイオンのKチャネルへの閉塞は、Csの閉塞とはメカニズムが異なり、イオン選択部へのflickering blockということが、1980年代のイカの軸索研究の時代に端を発し、長年の研究の結果、理論的にわかっています。道具の限られた先人たちの時代に、如何に皆が深い洞察と、丁寧な思考を持って、一つ一つのテーマに答えを見出していったかという歴史は、感動的だと思います。

 ただし、上にご説明させていただいたように、やはり、「閉塞」するだけでは、Cs/Baが微量であるうちは、臓器や細胞機能に影響の出ようがないと計算できます。おそらく、「旧来の放射線理論信奉派」(ICRP放射線理論や線量計算を過度に信頼しておられる方)の方達も、だからこそ、「この程度のセシウム内部被曝は全く問題ない」と、安全視をするような発言しておられる方もおられるのではないでしょうか?

 そうではないのです。大事なのは、「閉塞」をすることではなく、「閉塞をしたところで崩壊」をおこすこと。その結果、特定のチャネル(Kir系チャネル)が、dominant positive な機能をもつと考えられること。これが、ブログに記した理論の、スタート地点です。コールドのCsや、Baイオンは、「閉塞」を起こすだけであれば、recessive negativeの影響しか持ち得ないと見ることができるわけです。

以下が、その違いというテーマに関する補足記事です。
https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/13892337


 少々、断りもなく、dominant positive, recessive negativeという言葉を出してしまいました。もしかしたら、質問者様もすでによくご存知のことかもしれませんが、生物学系の言葉遣いに慣れておられないかたもおられるかもしれませんので、蛇足となることを承知で、注釈を入れさせていただきたいと思います。

 モノとモノが、単にくっついたり離れたり、引き寄せあったり反発したり、ぶつかったりということを繰り返す、passiveな影響しか考察対象としない一般物理学と違って、言うまでもなく生物学では、モノの「機能」というものを考えなければなりません。原始太古の昔、分子と分子がランダムにぶつかりあっていた時代を経て、地球上に有機分子というものが生まれ、生命が誕生し、何億年もかけて生命分子が進化してきたことの賜物で、進化のおかげで生命分子が巧妙な「機能」を持つに至ったわけです。

 したがって、放射性物質が、生物学的な「モノ」、つまりこの場合の、特異的なターゲットはKirというタンパクを想定しているわけですが、ここに影響を及ぼす場合の、「機能」の変化を、我々生物学者は、丁寧に考察しなければならないだろう、というのが、当理論の、一番最初の着眼点です。ここに着眼することが、従来的放射線学の思考では、一見不可能にも見える、「定量性」の解決の、最初のステップです。

 1980年代から1990年代の分子生物学、シグナル・トランスダクションの分野で薫陶を受けた世代以降だと、日常的に用いる考察ですが、機能の異常には、dominant positive, recessive positive, dominant negative, recessive negativeの4通りがあります。(ご存知のように、シグナル・トランスダクションの分野などでは、前2者をまとめてconstitutively activeという呼び方をすることも多いですけれども)。

 これも、ブログの主記事には、説明していることですが、やはり、誤解をされる方が多いという指摘を過去に受け、その後、補足記事を追加しています。
https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/13892258


 Kirの機能が、Cs崩壊に伴い、dominant positiveになると考えること、これが定量性の問題解決への第一歩であり、ブログの理論が当初から扱っている考え方の端緒です。

 さて話は戻りますが、ところで、一方、Csイオンのブロックは、Baとは様相が全く異なり、閉塞するチャネルはKir系の一部のみのグループですし、閉塞部位も異なります。これは、実は、ブログのテーマにそった理論構築の上では重要な部分で、もしもイオン選択部をCsが壊してしまうと、そもそもKチャネルですらなくなってしまうので、やはり、Csが閉塞する位置などの細かい条件も、やはり、当理論とは整合性があると思っています(このあたりのことは、重要なテーマになってきますので、記事を執筆中です)。

 

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これまでの放射線医学理論は、出てくる放射線のことのみを議論していました。この理論が初めて、「残された原子核の崩壊時の変化」が重要なのではないか、と重要性に焦点をあて、特異的なターゲットを指摘し、定量的な妥当性を検討しています。

 

(架空の質問) 

放射性セシウムによる、「セシウム・ボール」という、ナノメートル・サイズの高密度放射性汚染微粒子が、原発事故後、数多く発見され、人々が摂取してきたと言われています。このような微粒子が、細胞近傍から放射線を発し続け、(カリウムチャネルにも)影響を及ぼすというメカニズムはないのでしょうか?

 

 

(回答)
 ご高説、ごもっともと思いますし、一般論としてはこの考え方を否定する考えはありませんが、イオンチャネルへの影響だけに限って言えば、ブログに述べた理論にそった考え方で、隅々まで整合性のある説明が可能であると考え、現在は、細かい部分の補足、より厳密な計算、ブログで議論し残したことと、実際に起こっているであろう変化に関する説明を行いたいと思い、その方向で努力しています。(ただし、現在、いくつか、議論の至っていない部分が見つかっているので、まだ大小の変更を行わなければならない段階です)。

 微粒子としての健康への影響にかんしては、放射能汚染粉塵(放射性プルーム)吸引による、呼吸器系への影響に関しては、私もブログ開設時に、公開記事以外に、考察を書いて来たのですが、思うところあって、現在は非公開のままにしています。当然すぎるくらいのことですが、鼻出血なども出て当たり前と考えられますし、量が多ければ急性呼吸器症状、微量であっても、排出が悪ければ、慢性呼吸器疾患や、呼吸器系の各種疾患の懸念というのは、当然予想されうることだとおもいます。定量的にも、微粒子による細胞破壊は、全くもって起こり得る高密度の放射性粉塵が検出されています(最近では福島原発事故での放射性粉塵も解析されたと伺っていますが、2011年3月の時点でも、すでに、チェルノブイリ事故時のイギリスの調査で、0.5-数ベクレル/ミクロンサイズのβ線核種の粉塵検出という報告が公開されており、日本の事故でも同程度の高密度パーティクルの検出が当初から予想出来ました)。

 ではなぜ、汚染粉塵による、不均等被曝による局所影響というテーマを、ブログの方で取り扱わないのか、議論を公開していないのか。

 学問的には重要な問題で、すでに方々で指摘されている通り、旧来の放射線医学やICRPの「線量計算」による見積もりが、大きく外れ得ると、誰もが予想し得る、明らかな例の一つであることは、間違いありません。これは、私も2011年以前より、それこそ、何十年か前、学生時代の「放射線防護実習」の試験の時にも、指導教官に対して現行の放射線理論への矛盾をぶつけてきたテーマですから、個人的にも長年のテーマでもあります。きちんと計算すれば、理論的な面だけで言えば、ほぼ厳密に、綺麗に、旧来の理論に反駁することが容易ですし、実際の観察データとの差異を調整しつつ、それを学問の場では行っていくのが、将来に残された、学者たちの宿題の一つだと思います。(ただし過去には、同様の問題意識をもつ学者が、旧来理論との乖離を導こうと論戦を張ったのですが、検証のための実験デザインとその解釈が難しかったこともあり、複雑な経緯をたどってしまった歴史があります。よくご存知のことかとは思いますが)。

 実際、私も、そう思い、当初は記事を書きしたためたのですが、ふと考えたのが、、、

 

(以下、長くなるので省略します)

 
 食事などからのセシウム摂取の方に、より議論の中心を据えているのは、そのためです。もう一つは、汚染粉塵による局所不均等被曝による細胞障害の影響は、(細かい計算方法は抜きにすれば)、すでに方々で多くの心ある識者の方達が、素晴らしい見解を沢山、述べておられ、私の出る幕もないだろう、と現在は考えています。(ただし、今は事態の推移を遠くから見守っているだけですが、もしも自分だけにしか述べることができない視点と、上手い表現の仕方があれば、今後議論させていただくことがあるかもしれません)。

 さて、以上の点が、「放射性汚染粉塵による局所不均等被曝による影響」というテーマに関する私の立場です。想像では、質問者様と、ほぼ同じようなことを、不肖ながら私も考えている、と理解しています。ただし、私がこの議論を適用するのは、現在は、あくまで、呼吸器系への影響に関してのみ、です。たとえば、ミクロンサイズのパーティクルは、少し大きすぎて、たとえ肺胞内で貪食されても、遠方の臓器には量としては拡散していかないだろう、と、希望的観測で考えています。この場合の議論で扱っているテーマは、細胞障害を起こしうるほどの、高密度放射能パーティクルです。貪食細胞自体も、すぐに放射能で障害されてしまうでしょうから、結果としては遠地までは運搬しえないだろう、という予測が一つ。これが、ナノサイズのパーティクルになったときにはどうか?その時には、どの程度吸収され、どの程度拡散していき得るのか?これは、少々難しいテーマだと感じます。ここを否定するつもりはもちろんありませんし、臓器によっては影響があり得るかもしれませんが、今は、自分の中ではこのテーマに積極的に関与することはない考えです。言うまでもなく、質問者様をはじめ、私以上に詳しくこのテーマを考察されておられる方が、おそらくたくさんいらっしゃることと想像しています。

 なお、当然、確認するまでもないことだとは思いますが、この、汚染パーティクルによる局所不均等被曝による細胞障害効果(呼吸器系に関しては全くもって同意です)というのは、「細胞障害」が論点であって、「イオンチャネルに対する影響」を論じているわけではありませんよね?

 ともかく、汚染物質の、体内への取り込まれ方の形態によって、沈着する形態が違い、沈着するターゲット、部位が違えば、異なる影響の出方を考えなければならないのは当然ですから、イオンチャネルに関する影響とは別に、並列の現象として、私は考えています。

 私のブログの内容が、ほぼ、バンダジェフスキーの心筋症の説明に腐心しているので、それ以外を重要視していないのではないか、という誤解を与えてしまっているようでしたら、申し訳ありませんでした。私も、汚染粉塵による局所不均等被曝の影響にかんしては、質問者様と同様に考えており、学生時代以来、旧来理論を疑問視している一つの所以でもあります。

 
(架空の質問)
現在、放射線の生体への影響は、放射線の直接の照射による直接の破壊だけでなく、放射線が発生させる活性酸素フリーラジカルが、問題だということがわかっています。カリウムチャネルに対しても、放射線の直接の影響だけではなく、こうした、活性酸素やフィリーラジカルが間接的にカリウムチャンネル系に損傷を及ぼすメカニズムを論じた方が良いのではないでしょうか?

 

(回答)

おっしゃる通り、一般則としての、放射線の細胞障害、分子障害のメカニズムは、活性酸素フリーラジカルによるものが主体という認識を、私も共有しています。「現行の線量計算を内部被爆に用いる際の問題点」という記事を当初書き留めていたものの、非公開としていた記事を、最近公開しました。このことに簡単に触れています。

https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/2019/12/17/143641



外部被曝であれ、内部被曝であれ、放射線が、電離を起こし、その対象の多くは、水分子の電離ですから、活性酸素などを介したメカニズムが重要である、というのは、私も全く同意です。結局、放射線が貫いて、エネルギーを付与する対象が、水分子であれば、活性酸素フリーラジカルが生じますし、DNAを直接貫けば、DNAですし、タンパクや脂質にエネルギーを付与すれば、これらの分子に影響を与えます。放射線が、どこを貫くか、という確率の問題ですね。内部被曝にしても、外部被曝にしても、人間の体、人間の細胞の大部分は、水でできています。DNAですら、通常は大量の水の中に浮かんでいます。したがって、状況にもよりますが、ほとんどのケースでは、生成された活性酸素フリーラジカルを介して、ターゲット分子が破壊されている、と考えられます。これは、方々で学者の解説している通りの話を、私も最初から、大前提として受け入れています。

ただし、Kirチャネルと、放射性Csの関係だけにおいては、実は例外的に、もっと特異的な相互関係が考えられる、というのが、ブログのテーマです。(また、この際の影響の及ぼし方も、「出てくる放射線による直接破壊」というよりは、「崩壊時の原子核の核変化」が重要という議論です。このあたりのニュアンスは、議論が難しいこともあり、初期の投稿では少し曖昧な表現にとどめてしまっています)。なぜこの関係だけは、例外と考えられるか、というと、CsとKirが、(結合時の瞬間々々という目で見れば)互いに「固く固定」され、「隣接」しているという関係にあることが、理論上重要と考えているからです。同じ内部被曝原発事故での核種や、医療目的の投与なども含めて)といっても、その他の核種には、なかなか見られない関係かと思います。ただし、自然内部被曝源である、C14とトリチウム。これは、面白いことに、見事にこの関係が成り立ってしまうのですが、実は、全く問題無いと、理論的に導くことが出来ます。一方、原発事故でも問題視され、また、医療的にも大量投与することのある放射性ヨウ素。この問題の議論は、当理論の延長線上で考えていくと、確かに、ある意味、甲状腺ホルモンをはじめとした生体分子にも「結合」しますが、仮にそこで崩壊したとて、recessive negativeな壊し方になると考えられますので、特異的な分子機能異常を介して、何か臓器機能に特異的な影響を出すということは考えなくても良いだろう、と思っています。(Clチャネルとの関係に関する私見に関しては、下の方に記していますので、ご参照ください)。ブログの方にも、放射性ヨウ素の件を記そうかと思い、当初も執筆仕掛けていたのですが、放射性ヨウ素の議論は、社会的な意味も含め(また、私自身にも見落としがある可能性もあり)、慎重な立場でいたいと思っており、今の所、記事を公開していません。以下は、それ以外の補足記事です。

<固定が重要という点の補足記事>
https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/13892320


<C14やトリチウムが(セシウムに比べると比較的)安全と考えられることの補足記事>

https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/10797999

(ただし、C14やトリチウムも「量の問題」であって、これらの核種による内部被曝が危険なことには変わりありませんし、従来の理論は大きく改定されなければならず、従来理論では見落とされている重要な視点があるということには変わりありません)

 

(架空の質問)
ある学者は、放射線によって生じる活性酸素が「イオンポンプに関連する酵素とタンパク質の不活性化」をもたらし、それによって、イオンチャンネル・システムを攪乱する可能性をすでに論じています。そのように考察した方が、良いのではないでしょうか?


(回答)
 私は、このご意見とは、考えを異にしています。但し、このような反応(活性酸素によるイオンポンプなどの障害)が起こらない、と否定しているわけではなく、当然、確率論の問題で、生成された活性酸素の近傍に、「イオンポンプ」なり何なりがあれば、当然、出会う確率の問題だけであって、なんらかの影響があるだろう、と言う部分には同意です。もしも仮に、放射性物質が、活性酸素生成を介してイオンチャネルやイオンポンプを不活性化するのであれば、それは、かなり非特異的な反応になるでしょうから、「不活性化」されるだろう、という推論には同意です。活性酸素がチャネルのどの箇所と出会うのかは、タンパク表面の形状とチャージ、なによりお互いの位置関係に基づく、ランダムな確率的条件プラスアルファによって規定されると考えられますから、ランダムに攻撃が起こる限り、ほぼ全て、機能としては、recessive negativeな異常になるはずで、「不活性化」という表現が適当だと思います。しかし、「不活性化」つまり、機能がrecessive negativeになるだけでは、細胞の機能にも、臓器の機能にも、影響を出し得ないと、定量的に至ってしまうのです。

 このブログに記したのは、そうではなくて、Kir-Csの特異的な部位の作用で、dominant positiveな機能を持つ形に、チャネルが固定されうる、というのが、論旨の一つです。この着眼点が、当理論の、第一の論点ですから、最初の記事にも、繰り返し述べてきていることですが、この点も、誤解を生みやすいという指摘がありましたので、その後、補足記事を書かせて頂いています。

https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/13892258

 



(架空の質問)

障害を受けるチャンネルとして、カリウムチャンネルのみに限定して議論をされているようですが、イオンチャンネル系の損傷は、もっと広く考えるべきではないのでしょうか?カルシウムチャネルの損傷や、ナトリウムチャネルや、その他のチャネルの損傷も論じた方が良いのではないでしょうか?また、イオン・ポンプのような分子がターゲットになる可能性はどうでしょうか?

 

 

(回答)
まず、端的に、ご返答を申し上げますと、現在は、放射性Csの特異的ターゲットは、Kチャネル、その中でも、Kir系チャネルという、特徴的な一部のグループ。もっと推論をいいますと、心筋ではおそらく、Kir2.1とKir2.2あたりになるのだろうな、と考えています。

放射性物質が、ごくごく微量で、何かの機能に影響を与えるためには、非特異的なターゲットを、ランダムに壊すのでは、影響が出る理論を導きにくく、あくまで、特異的なターゲットを、特異的な形で壊すことが必要なのだろう、と予想しています。その予想の元に、実際に定量計算を行い、大まかな桁としてはつじつまが合っていそうだ、というのが、ブログの最初の記事の内容です。(ただし、部分部分で、計算や考え方に厳密でない点がありますので、現在、より厳密な計算を進め、理論の修正と厳密化を進めています)。

実際に、理論的予想と、自然の法則が上手く合致する例の一つと言ってもいいのではないかと思いますが、Csが、特異的な固定をする生命分子は、特定のKir系チャネルだけのようです。チャネルブロックという意味では、Elk(Kv12)やHCN系チャネルもある程度高濃度のCsではブロックされますが、いずれもCs-Kirのような特異的な「固い結合」ではないようです。

 ある放射性物質が、ある特定の生命体分子に、特異的な影響を与えるためには、まずは、その分子に特定の部位で結合するなり、特異的な相互作用を持たなければなりません。

(特異的に結合することがエネルギー伝達のために大事、ということは、最初の記事でも繰り返し書いていますが、その後、補足記事も書かせていただきました)
https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/13892320


 残念ながら(というか、幸いにというか)、このような特異的な結合をもつ関係にある放射性物質と、生命体分子の関係(特にイオンチャネルに限って言えば)は、今の所、私が調べ、自信をもって公言できるのは、CsとKirの関係だけです。Csイオンも、Naチャネルに詰まるような挙動はしないようですし(NaチャネルがCs+を通さないとすれば、それはサイズ的に排除しているのであって、内部で詰まっていると考えられている訳ではないと思います)、また、Srなども、よく似た2価のCaチャネルにはまり込むのか、といえば、意外にそうでもなく、現在判明しているCaチャネル系は、ほぼすべて、Srを非常に良く、スムーズに通すことがわかっているようです。(もしも私が調べ切れていない範囲で実験的にSr2+でCaチャネルをブロックするような文献があるとすれば、それは特異的なブロックではなく、競合阻害という形での実験かと思います)。 Iイオンに関しても、Clチャネル系に関しては状況は複雑なようで、ブロックすることにはするタイプのClチャネルも無いわけではないようですが、いずれも、強固なブロックではなく、Cs-Kirの関係のような固い固定の条件というのは、存在しないのではないかという印象を持っています。(C14とトリチウムについては、別途の返答で、上記に書かせて頂きました)。

 私自身も、2011年の原発直後には、Cs-Kirの理論の端緒に気がついた直後、イオンチャネルに広く拡大できるのか、と思い、しばらく考察したこともありましたが、Srに関しても、Caチャネル系に関しては、ほぼ素通しのものばかりで、Cs以外の放射性元素の、チャネル系への影響に関しては、個人的には考察を一旦お蔵入りにさせています。ただし、チャネル以外に目を向けると、2価イオン結合性の生体分子というのは、たくさん存在するので、もしかしたら、Srがなんらかの特異的影響をもたらす生体分子というのは、可能性は残されているのかもしれません。ただし、医療内部被曝核種としてもSrは大量に使用されてきており、詳しいことが調べられていないとは言え、その知見も蓄積しつつあるので、危険性の理論だけではなく、もしかしたら、意外に、特異的作用はそれほど大きなものは表面化してこないのではないかという対案も含め、バイアスのない目で両論併記で考察していかなければならないという気がしています。

 

 

(架空の質問)

カリウムチャネル障害による心臓への影響だけを論じておられるようですが、チャンネル系の損傷が及ぼす多彩な臓器への影響を介した、多彩な健康影響もまた、もっと広く考えるべきなのではないでしょうか?

 

(回答)
おっしゃる通りと思います。ご質問と同時期に、私も、以前書き留めておいた、心臓以外の多彩な臓器影響に関する記事を公開しています。

https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/13892545

 

初期の、私のこの問題に対するアプローチは、最初から理論を拡大しすぎるよりは、まずは、一番明瞭で、一番定量的議論のしやすい心筋症に絞り、あえて、「一点突破をすること」でした。

これは、 戦線拡大しすぎてしまうと、(私自身が、元来お調子者であることもあり)不確かなことを、たくさん述べすぎて自分自身の議論の信用性を落とすことになるかもしれない、という、自分自身の問題点を踏まえた上での、当初の決意でした。従って、まずは、ひとつの現象を深く掘り下げ、理論が十分に温められ、練度が高まったと思えたら、その時に初めて、その他の症状への理論拡大。

これが、2011年にこの問題を考察し始めた時の個人的な決意です。

もちろん、とは言っても、当然のことながら、全く同様の理論で、骨格筋、血管系、神経系、その他もろもろの臓器への影響は、カバー出来るだろう、と言うことは、最初から考えていました。

 2013年だかの頃、ブログを記し始めた初期の頃にも、訪問者のかたが(そのうちのお一人が*** 様です)、その他の症状のことをご質問くださり、コメント欄で、拙見を述べさせていただき、意見交換をさせていただいた思い出があります。

最初の記事のコメント欄、特に2013年6月頃のコメントのやりとりをご参照ください)

 現在は、当初の予定通り、心筋症に関しては(まだ不完全ながら)、ある程度議論の骨子が出来てきた気が個人的には致しますので、その他の症状に理論拡大をしています。

下記の補足記事で、心筋以外への症状の考え方を、記させていただいています。
https://geruman-bingo.hatenablog.com/entry/13892545


 補足記事にも書いているのですが、 他臓器への影響推察のための、幾つかの条件を推論しています。放射性Cs-Kir系の特異的な関係からのKir 機能異常による心筋症をある程度、練度を高めていく上で、得られた考察です。
(1) KirなどのCsイオンに対する高親和性のカリウムチャネルが、高発現している臓器
(2) カリウムチャネルによる電位調節が、組織機能維持に重要な働きをしている臓器
(3) 直列接続(神経系、骨格筋、ギャップジャンクションが重要機能をもつ臓器)
(4) Kirチャネルがdominant positiveになることにより生じる、タイミングのズレが、不安定性創出になるような、フィードバック制御をしている機能

補足記事に簡単な説明をつけていますが、骨格筋機能、各種神経症状、血管症状、白内障、膀胱症状、消化器系、代謝疾患、免疫造血系、乳腺疾患など、チェルノブイリで増加の報告された、ほぼすべての疾患が、比較的綺麗にシンプルな考察で、理論に外挿できそうです。

 質問者様のご指摘通り、私も、2011年の考え始めの頃は、骨格筋、神経系、血管系、白内障、膀胱、消化管あたりまでは、容易にカバーできるだろうと思っていましたが、心筋の問題を考察しつつ、Kirチャネル系のことを深く調べていくうちに、意外にもっと、広い分野が(造血免疫系、内分泌代謝系などなどまで含め)、この理論で簡単にカバーできそうであることに気がつきました。

ストレートすぎる物言いになってしまっていたら申し訳ないのですが、ただし、私の場合には、あくまでKir系による説明を主眼としており、その他のチャネル系に関しては、可能性はもしかしたら低いのではないか、と考えていることが、若干の相違でしょうか。理由は上に述べてきたとおりです。ただし、自分の見落としがある可能性も多分にあると思いますので、(私自身は、その他のイオンチャネルの考察には、現在は、関与はしない方針ですが)、心ある識者の方が、新しい知見を切り開いてくださることは、見守らせていただき、勉強させて頂きたいと思っています。

 

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謝辞:この記事の後半の質疑応答は、2015年頃に、実際に私がやり取りをさせていただいた識者の方との経緯をヒントに、記事を書かせていただいています。有意義で鋭いご質問をいただいたことを、この場を借りて、感謝申し上げております。ありがとうございました。

現行の線量計算を内部被爆に用いる際の問題点

2/1/2013執筆、12/17/2019 Yahoo Blogより移行公開

 

現行の放射線障害理論(ICRPなどが唱える線量計算(xxxミリシーベルトで健康障害がある、ないという議論))が、ある程度、これまでの放射線医学に寄与してきた功の部分は認めるとしても、批判派のわたしなどから見ると、この理論のために、放射線医学の発展が妨げられてきたという負の面は否めません。現行の放射線理論に対する批判は、公の場でも、私的な場でも、枚挙にいとまがなく、有名なところでは、ECRRなどの団体による解りやすい批判もありますし、多くの良質な解説書がありますので、批判意見の大勢を捉えたい方には、そちらの一読をお勧めします。この場では、これまでに議論されてきた批判を踏まえながら、過去の批判でも見逃されてきた視点や、私なりの整理の仕方で、現行理論の問題点を挙げてみたいと思います。

 

現行の理論は、一見するだけで、ある程度誰にでもわかるような、実におかしなロジックで理論展開がなされていきます。無批判にこういう議論を受け入れる人間がいるとすれば、不思議なものなのですが、原発事故以来眺めていると、賛成派、批判派をふくめ、多くの方達が、大なり小なり、現行理論の負の側面に影響されてしまっているように見えます。ともあれ、一番の大きな問題点は、無理な前提に前提を重ね、「便宜的尺度」に過ぎなかった、仮定的な尺度見積もりであるはずの「線量」という計算が、いつの間にか、「この程度の線量では影響は考えにくい」と、あたかも、生体への影響を論じ切っていいかのような、トートロジーに、誰もが陥ってしまっていること。未証明のものを、使って、自らの理論強化に当ててしまい、理論が循環論法に陥ってしまう議論構造がそこここに見られます。学問としては、一番気をつけなければならない基本事項ですね。

 

 

それはさておき、まず、大きな結論を書いておくと、

内部被曝の本質をきちんと論じたいのであれば、どんな些細な局面においても、ミリシーベルトという単位を使っての議論は、好ましくない。トートロジーに陥ったり、議論の厳密性を欠き混乱を招いてしまう可能性が高い。」

という注意点です。

 

すこし、刺激的な結論ですね。もう少し、丁寧な書き方をしてみます。

 

現行の理論、つまり、ミリシーベルトという単位を用いて、ある程度、大雑把な影響の概算を見積もることのできる被曝形態、被曝核種は、確かにあるのですが、その理論を適応するための、前提条件がいくつかある。その、いくつかの前提条件を満たす被曝形態、核種における概算として現行理論を適応することは、現行の理論の延長線上でも大きな問題はないと推測もできるが、前提条件がまったく成り立たない被曝形態、核種がある。前提条件がなりたたない元では、健康障害への影響を、おおきく(少々、どころの話ではなく、桁違いに)見誤っている可能性が高い。

 

それにしても、なぜ、これほど多くの、「頭のいい人たち」が、明らかに多くの理論的pitfallを含んでいる現行理論を、あれほどすんなりと受け入れてしまっているのか不思議でしょうがないのです。ある程度これまでの私の人生経験で接してきた(私などよりは遥かに)「頭の良い方達」の観察から、なんとなく推測するのですが、頭の良い人たちに限って、「物理学コンプレックス」に侵されているのではないかと感じています。つまり、物理学法則がそう言っているのだから、間違っているはずがないと。物理学が規定しているのだから、宇宙の真理なのだと。

 

ところが残念ながら、物理学はそんなにrobustな学問ではなく、ちょっと極論すると、シンプルで美しい数式を追求するのが主眼の学問です。物理学の理想は確かに、美しい数式の記述で、宇宙の森羅万象を解き明かそうという大胆な試みで、尊敬できる部分も多くありますが、物理学者の中には、本末が転倒し、数式を美しくすること自体が、目的となってしまっている人も少なくないように見受けられます。

 

リチャード・ファインマンが、来日し、日本の物理学者と交流した時に感じた違和感があったそうです。日本の物理学者の多くが、「数式が完璧なののだから、理論や結論に間違いない」という趣旨の発言をしていたことに、なんとも言えない違和感を感じたそうです。この真意は、竹内薫さんによると、「数式は完璧なのだが、物理学的につじつまが合わない」とファインマンが感じたというお話なのですが、私なりの解釈は、純粋数学、厳密数学のように、厳格かつ緻密な公理と定義の上に、一寸の論理のギャップも許されないようなrobustな論理体系の上に組み立てられた学問とは異なり、物理学というのは、部分部分の数式は厳密なのですが、数多くの、未証明の前提条件を元に、論理構築されていることが多いわけです。線形な作用と規定していいのかどうかすら未証明なものを、いきなり線形と仮定して数式を組み立てることも稀ではなく、そのような学問の成り立ちでは、どんなに部分部分の数式の扱いが完璧であったとしても、あちこちに歪みを来すことも多くあるのではないでしょうか。

 

彼の言っていた「違和感」とはまた違うレベルでの議論になるかも知れませんが、物理学者の一部には、数式を美しくいじりたいがために、無理やりな前提条件で、議論を進めてしまう場が少なくない。現行の放射線障害理論も、残念ながら、例外ではありません。たとえば、どうやら、放射線理論を扱う物理学者の一部は、人体というのが、粘土の塊で出来ているのだという前提で議論することが許されると思い込んでいるようです。

 

 

皆様は、中学の頃の数学で、「場合分け」という考え方を習ったことを覚えておられますでしょうか?ある、式変形や、証明問題などで、(i) x>1の場合、(ii) x=1の場合、(iii) x<1の場合などと、ケースバイケースに分けて、論じていく記述のことです。なぜ、数学であのようなことをやるのかというと、数学というのは「厳密な学問」を目指していて、ある式変形のルールや、ある定理の応用が、前提条件で異なってくる場合に、厳密に場合を分けて論じていかなければならないからです。

 

理想的には全ての学問は、厳密で緻密な論理展開が必要なのですが、実際には、「細かいことはすっ飛ばして結論を急ぎましょう」ということが、実学問のケースではよく見受けられます。放射線障害理論もそうですね。「こういう風に計算をした方が、概算がラクだから」というのがインセンティブになっているわけです。大きく概算を見誤らなければ良いのですが、往々にして、乱暴な前提条件の結果、論理帰結が180度真逆になることも稀ではありません。

 

放射線理論の場合も、現行の理論を適応できる場合、できない場合、という具合に、厳密に「場合分け」をし、ますは適応条件を論じていかなければなりません。

 

前書きが長くなりましたが、現行理論のもつ、多くの問題点 をいくつか列記しておきます。

 

現行理論の問題点:

(1) 電離能ではく、エネルギー至上主義に基づいて計算の根幹が構築されていること。これは、物理学の旧来の主流というのが、物質のもつ「物性」ではなく、系のエネルギーを重要視してしまう傾向に、よくも悪くも縛られているのでしょう。物理学の最も偉大な法則の一つが、エネルギー保存の法則、ということが象徴的です。 実際の、放射線の生体への影響は、エネルギーではなく、むしろ、電離能によって規定されることは、1970年代以降確立しているにもかかわらず、物理学者はこの生物学的知見を取り入れていない。その証拠が、RBE(生物効果比)において、βイコールγイコール1、というおかしな係数。これは、RBEがLET(線エネルギー付与)に基づいて算出されるという前提に基づいている。実験結果を元に導かれた考え方だが、実は、光子系の放射線X線γ線など)では、大変よくこの関係性が実験的に調べられているものの、粒子系(α線β線)においても、同等のLETで一元的にRBEを算出して良いのかには、異論が残る上に、実験的にもまだまだデータの不備が指摘できる。ところで遺伝子への影響(旧来の枠組みでは「確率的影響」の議論)だけを議論に取ってみても、DNAへの影響は、電離放射線による局所での活性酸素産生を介するものと、受け入れられていることを鑑みても、おそらくは、LETよりも比電離を念頭に、RBEを整理し直し、β線などの影響は大きく見直していく必要があるのではないかと考えられる。電離能は、明らかにβ>>>>γである。

(一方、旧来の枠組みでの「確定的影響」を念頭にした議論としても)1970年代に行われた、Petkauの実験というものがあり、原発事故以降、方々で紹介されたのでご存知の方も多いと思いますが、あの実験、「慢性低線量被曝の方が急性大量被曝よりも影響が大きい」などと、正確とは言い難い紹介のされ方をしており、その点に突っ込まれる方も多いかと思いますが、そうではなくて、実はPatkau自身が一連の実験で示している通り、あの実験系の一つの極めて重要な発見というのは、「放射線のエネルギーではなく、局所の電離能こそが、重要」(そしてそれは、現行の理論のように全体の系で平均値を取るなどというおかしな計算をしてはいけない)という知見です。

 

(2) 局所影響への理論的破綻。これは、ECRRなどでも散々批判されている通り。右足を熱湯につけ、左足を氷水につけた場合、右足は火傷をし、左足は冷たい!となってしまうが、現行のICRP理論は、右足と左足の平均を取って、全体のエネルギーで計算してしまうというおかしな計算方法を取っている。これでは、たとえば放射線汚染粉塵などが局所に付着した場合の影響を論じることはできない。

 

(3) 生物学的反応(局所炎症、免疫系の関与)などを一切考慮に入れていない。人間の組織が、粘土の塊で出来ている、という物理学モデルに理論が依存している。

 

(4) 組織の局所炎症を来す被曝形態における議論では、急性炎症と、慢性炎症の、健康障害に与える影響が、慢性>>>急性と逆転するというのが、生物学的な妥当な予想ですが(例えば発ガンに関する議論など)(注1)、現行の理論では、この区別ができないばかりか、現行理論信奉者の中には、相変わらず、急性大量の被曝形態のほうがはるかに危険、という乱暴な議論が目につく。

 

(5) 核種から出てくる「放射線」のことだけを論じており、物質としての放射性物質の影響、特に生命体分子との相互作用に関し、一切想定が及んでいない(この点が、このブログの主眼のテーマです)。

 

(6) 発ガンのモデルが、1970年代、1980年代のまま、更新されていない。ICRPが論じ、考慮しているのは、「遺伝子への影響」のみで、このレベルのみで発ガンが論じられていたのは、1980年代までです。たとえば、アスベスト。単に、尖った酸化ケイ素などからなる物質で、それ自体では遺伝子に影響を与えようがありません。形状の問題以外は、化学的には全くinert(不活性)な物質です。アスベストの場合、その特殊な形状のために、肺の局所にとどまり、持続慢性炎症の温床となることが、悪性腫瘍の発生につながると理解されています。このように、1990年代以降、慢性炎症によって発ガンが起こることは医学的に定着しており、現在は、少なめに見積もっても、発ガンの3割以上は慢性炎症によるものと理解されています。さらに、2000年代中盤以降は、これに加えて、組織内の微小環境からの逸脱、という概念で発ガンが理解されるようになってきました。このように、直接遺伝子に働きかけるわけでもない、そして、比較的新しい理解と思われていた、慢性炎症に依るわけでもない、新たな、極めて重要な発ガンのメカニズムが次々と明らかにされてきています。そのほか、発ガン促進因子としての免疫低下や、組織虚血状態の遷延など、発ガンのメカニズムの理解は日進月歩です。放射性物質が、これらの幾つにも関与しているであろうという考察は容易に妥当に推測しうるものですが、原発事故以降も、相変わらず、乱暴にICRPの理論を振りかざしている方が目に付きます。

 

 

 

では、現行の理論が、全くダメダメなのでしょうか?

そうではなく、いくつかの適応条件に注意を払いながら、理論運用をすれば、これまでの放射線理論の遺産は、活用し続けることができると思っています。では、現行の理論を適応できる被曝核種、被曝形態とは、どのように理解すればいいのでしょうか?結局、上に書いた批判意見と表裏一体なのですが、

 

(a) 外部被曝に関して、は、従来の理論の延長線上で良いと思われます。RBEは相変わらず、極めておかしいことに変わりはありませんが、(これまでも論じられてきたとおり)外部被曝からの影響では、α線β線は表層で遮断され、大半のケースで計算外にできるでしょうから、現行の理論のまま、大きな混乱は考えられないとおもいます。

 

ここから先は、内部被曝に関する議論

 

(b) 放射性汚染粉塵(セシウム・パーティクル、セシウム・ボールなどと呼ばれるものなど)などの粘膜付着による影響は、現行理論では論じることができないので、これは除外する。

 

(c) 生命体分子との相互作用が想定される核種は、別途議論をしなければならないので(特にセシウムトリチウム、C14、など)、これらを除外した核種

 

(d) 組織慢性炎症につながる核種(トリウムなどの肝臓への蓄積)は、慢性炎症というメカニズムを介して、格段に発ガン率や慢性炎症性疾患につながることが想定されるので、線量計算の枠組みからは外し、別途論じるべき。

 

これらの条件の満たす核種、つまり、不均一被曝をしない、体全体(または組織全体)に、均一に分布する核種、生命体分子と相互作用のないことが保証されている核種、慢性炎症などにつながらない核種、などは、従来の線量計算の枠組みで論じていけば良いと思います。(ただし、従来の枠組み、すなわち、遺伝子などへの主たる影響として論じていくとしても、RBEの値は、生物学者の目から見て、オカシイです。遺伝子への与える影響に限局した従来の枠組みの中だけでの議論でも、矢ケ崎先生などが、RBEの値のおかしさを解説してくださっています。)

 

 

(注1):「慢性炎症」という考え方について。これはすでに医学者の間には定着して久しい、発ガンのある重要なパターンに関する考え方となっていますが、歴史的にずっとそうだったわけではありません。なぜ、現行の放射線理論では全く評価できていないかの矛盾を、きちんと説明のできる識者は、意外に少ないのではないでしょうか。また、発ガンに対する影響は、慢性炎症は極めて重要ですが、急性炎症では、どんなに激しい炎症でも、ほとんどゼロです。これはすでに医学常識となって久しい考え方ですが、意外に、知識がきちんと身についていない医者も多いようで、議論をしていても虚を突かれてしまう方もおられるようです。このあたりのことを、個人的な体験も含め、別項にて補足します。

 

 

 

 

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